2019年4月11日

食料危機は起きるでしょうか?



№15803 リサーチ・リーディング 2018.12.25

【質問1】農業について10年位前に浅野先生の講演会にて、農業の重要性と個人的に農作物がつくれる土地を確保できるとよいという話がありました。今の日本では農家の人は高齢化や後継者不足で衰退し、食料自給率は低いようです。食料危機は起きるでしょうか?農業のあり方をお示しください。

【ソース】農業が重要であるのは、一点目として実業であることです。最近はITなどの情報関連の仕事が急激に増加し、体を動かして汗を流して、実際に世の中のためや自然のためになる、そのような仕事によってお給料を頂いて生活して生きていくという、素朴で基本的なあり方が減ってきています。例えば職場には行かず、自宅にいながらパソコン一つで机やテーブルに向かってパソコン操作するだけで、仕事として成り立ったりします。情報操作や心理操作など、またさまざまな技術などを駆使することで、実際の働きはせずとも、お金が自動的に自分のところに入ってくるような事をして、それで生活している人たちも出てきています。

そういった事は時代の趨勢(すうせい)であり、一概に否定できるものではありませんが、基本は自分の体や心や頭を動かすことで、自分の知恵や労働や誠意が世のお役に立ち、それによってお金が入ってきて生活できる、ということがあります。そのようなあり方を抜きにして、この物理領域は成り立ちません。いろいろな操作によって、実際の価値や実際の働きのないところにお金が入ってくるのは実状に合っていないため、いずれ崩壊し、入ってきたお金が泡のように消えていきます。

実際に働いた実質の分だけお金が入って、それで生活していける、ということが法則からして健全で正当的です。そのようにして生み出されたお金は消える事はなく、正当的であるため報われ、保障されます。そのような実業の最たるものは農業です。実業としては第一次産業に分類される農業、林業、牧畜業、水産業などが昔ながら人間の働き方の基本です。それが次第に後退してきているし、一般にあまり人気がなく、評価されていない事自体が間違っています。

農業は最も基本的で重要な人間の働きです。生活の基本は衣食住などと昔から言われます。その中でも食が最も不可欠です。食は神に通じます。それは日頃のONEの教えでも伝えられていることです。日本は食の自給率が低く、それだけでも国として問題で、健全とは言えません。

エジプトに奴隷として売られたヨセフは、エジプトの国で農業政策を行ってエジプトの国を助けました。また農業政策によって認められ、優遇されました。そのように農業を重んじ、農業政策で国を助けたヨセフは、のちにイエス・キリストとなって転生しています。ヨセフという名前は「増やす」という意味です。イエス・キリストとして出てきても、やはりパンや魚を増殖する奇跡を行って人々を養っています。

キリストの勧めた「主の祈り」の冒頭のほうに、「日ごとの食物を今日もお与えください」と祈る件(くだり)が出てきます。食がいかに重要か、ということを表しています。「人はパンのみで生きるのではない。むしろ神のお言葉一言一言で生きるのである」そのようにも主は言われましたが、それとて肯定的に解釈するならば、食の重要さや不可欠性を前提での、教えの必要性を述べたお言葉です。

日本で最も気高く尊いと見なされている伊勢神宮の神は稲穂の神です。日本でもお米の重要不可欠性が知られているのです。日本人の現在の一般的な職業観のイメージは、決して正しいものとは言えません。農業に対する人気が低く、評価が決して高くはないからです。農業こそ、あらゆる職の王者的な位置を占めるべきでしょう。

今後、食料危機が起きるかどうかということについて見てみると、起きる可能性は多分にあります。理由の一点目は、人口増加によります。日本や韓国は人口が減りつつありますが、そのような少子化による人口減少は世界的に見ると少なく、世界全体としては人口が増える一方です。少し前までは世界人口は50億人程度でしたが、現在は72億人にまで膨れ上がっています。特にインドや中国での人口増加が目立ちます。

昔は日本国内も世界においても、人口はごく僅かでした。人口が増えると、その分食料が多く必要となります。しかし農業は日本ばかりでなく、世界的に見てもあまり優遇されていません。世界人口が増えれば増えるほど、食料危機に繋がります。これが理由の一点目です。そしてその食料危機が、世界戦争を誘発するリスクがあります。食料の争奪戦です。土地の争奪戦や技術の争奪戦以前に、食の争いがリスクとして待ち受けています。資源の争奪も懸念されますが、最終的には食です。

理由の二つ目は自然災害です。人間が自然を痛めるような生き方や科学技術を開発していることで、自然災害を招いています。そうすると局地的にゲリラ豪雨に襲われたり、その一方で砂漠化が進んだりしています。全体的に見ると温暖化が激しくなっています。これらによって食料が取れなくなりつつあります。日本だけ見ても大型台風が次々に生まれ、日本に上陸して農業の被害は甚大です。酷い暑さも招いています。

このように人間の生き方や物的な科学技術によって自然が破壊され、農業がダメージを受けているということがあります。その一方では確かに、農業の技術やバイオが進みつつあって、農業の生産量や質が向上したり、増大しているということはあります。しかし人間の生き方や価値観の問題と科学技術の偏向性などによって、農業にダメージを与えているほうが相対的に大きいのです。

理由の三番目は政治上の問題です。政策の事です。たとえ食料があっても、公平ではなく偏ってあります。日本は飽和状態ですが、世界の多くの地域で食べられない人たちが大勢おられます。食はある程度あっても、滞りなく分配されているとはとても言えません。このように政策上の問題によって食料危機を招いています。そしてそれが戦争にも繋がることがあり得るのです。戦争にならない場合でも人々が困ったり、憎しみや悲しみを抱くということが起こり得ます。

それゆえ対策として、世界人口が増加の一途を辿ることなく、自然な形で抑制させること。二点目は自然を壊すような生き方や価値観、自然を壊すような物的な科学技術を見直して改善すること。もっと精神的な面でも充実し、満ち足れるようにして、飽食のような贅沢は控えることです。そのためにも、目に見えない世界の事をもっと研究して、学んで、大切にするような生き方やその方向での科学技術に修正していくことです。三点目は政治上の政策として、できるだけ世界中の人々に食料が満遍なく公平に行き渡るようにすることです。

【質問2】食の安全について 関税の引き下げなどにより、海外からたくさんの食品や農産物が輸入されていますが、遺伝子組み換え食品など食の安全に問題はないのでしょうか?食の安全の留意点についてお伝えください。

【ソース】日本に限って見れば、輸入品に対しても食のチェック機能が発達しているため、少なくとも今のところは危険性は少ない、と言えます。多少は紛れ込んできている部分はあっても、おおまかに見て命に支障をきたすほどの事は起きていません。ただ今後はTPPを始め、世界に対して日本も開かれ、他の国々は日本ほどは食の安全性について衛生管理やチェック機能がなされていないため、日本に輸入されてきた物はこれまで以上にリスクが大きくはなります。日本の優れたチェック機能も対応しきれなくなる可能性が高いです。

しかし考えてみれば、現時点ですでに他の国々はそのような食品を日々摂って生きているのです。「日本だけが安全になる」ということは難しいし、また「そのようにすべきではない」とも言えます。世界の事情や世界の人々を思う時、日本だけを考えている場合ではありません。日本でも極力安全性を高めるべきではありますが、もっと世界的に考えて、日本も行動していかねばなりません。日本人が守られることを考えるよりも、世界中の人がそれぞれ食に関して豊かになるとともに安全にもなるように、日本人が技術的にも協力することが優先順位として重要です。

大豆などの遺伝子組み換え食品は、少なくとも今のところは日本にはほとんど入ってきていないようですが、今後はTPPばかりでなく、世界に日本が開かれ、いろいろな所から遺伝子組み換え食品に限らず、日本では考えられないような数値の有毒性の食料や食品が入ってこないとも限りません。

そのような意味でも農業や食に関して日本ばかりでなく、世界的にもっと農業や食品に関して重きを置いて重点的に対応していくべきでしょう。それは自然災害を引き起こさないような対策とも関連してくるはずです。物的な豊かさや繁栄だけを目指すのであってはなりません。日本の優れた科学技術とともに、日本の魂に関する平和的で理想的な考え方や生き方が世界にも紹介され、応用されることが求められてきます。

【質問3】パラレルワールドについて 数年前にニュートンという雑誌でパラレル宇宙論の特集がありました。平行宇宙は無数に存在するとのことですが、「私」は平行世界においてちょっと違った運命の「私」が無数に存在するということでしょうか?パラレルワールドについてお教えください。

【ソース】パラレルワールドがあることは事実です。ONEの法則から見ても。すべては一つということで、微細な中に全体がそれぞれ凝縮して入っています。マクロの中にミクロが、そしてミクロの中にマクロが、それぞれで包摂し合っています。フラクタルの理論もあります。仏教の華厳経で説かれている世界です。一即一切、一切即一。このことからしてもパラレルワールドがあって当然です。

ただその場合、同じ自分が並行して幾人も、あるいは無数に世界に存在するということではありません。似たような人が平行して存在するということです。自分がいろいろな所に存在するという事ではないのです。自分と似たようなパターン化された、自分と対応する別の存在が、別の宇宙にそれぞれ存在するということです。同じ自分がいろいろな所に同時に存在するという事ではありません。

またパラレルワールドという場合、物的な次元だけでのパラレルではありません。異次元のさまざまな次元にも、平行宇宙があります。

【質問4】フリーエネルギーについて 以前からスピリチュアルの世界では「フリーエネルギー」の話を聞きますが、「フリーエネルギー」は存在するのでしょうか?お教えください。

【ソース】フリーエネルギーの最たるものは根源神の生命エネルギーです。その元は愛のエネルギーです。それが神の実質です。根源神の生命エネルギーこそ、フリーエネルギーです。目に見えない本質の次元ではフリーエネルギーです。特に根源神の生命エネルギーはフリーエネルギーとなっています。

人間の中のそれに対応する魂のエネルギーもフリーエネルギーです。ただし神さまの生命エネルギーは自立していて、自分だけで永遠に生き続けられますが、人間のほうは神さまが木の幹であるなら、人間一人ひとりは枝に相当します。枝は木の幹から切り落とされたら、存続し続けられません。幹につながってこそ、枝は生き続けられます。人間の中の魂のエネルギーはそのような限定付のエネルギーです。

神さまに繋がれば、人間一人ひとりの中の魂のエネルギーもフリーエネルギーとなります。基本的に本質である魂のところで、生命エネルギーはフリーエネルギーとなっています。そのため人間は永遠に生き続けられます。もちろん一個人としては、50年か100年で肉体の人の寿命と共にそこで一旦死にますが、本体は生き続けます。

物の次元ではフリーエネルギーはありません。物は仏教でも「無我であり、無常である。それで苦しみがある」と言われるように変わり続けるし、永遠に続くエネルギーではありません。しかし、その物の次元のエネルギーが本質の魂のところに接続すれば、フリーエネルギーとなります。例えば人間の中の愛に根ざせば、物の次元もフリーエネルギーとなります。

キリストは復活を遂げられました。それによって物的には変化し、長くは同じ状態を保てないものでも、根本に根ざすことで、永遠に生産し続けられるようになります。このように物の次元だけでは変化して止まず、エネルギー不滅の法則は働いていても、物自体は長い目では限りがあります。しかし本質のところに根ざせば、フリーエネルギーとなり得ます。霊的世界まで考慮して応用することで、物的次元のエネルギーもフリーエネルギーの道が拓かれます。

物質界の太陽は長い目で見れば有限ですが、根本のところで神さまと繋がっているため、長く燃え続けてエネルギーの源となっています。今後の物的なフリーエネルギーの開発のために、目に見えない世界に根ざすように開発することで、物的なフリーエネルギーも取り出せるようになることでしょう。

アトランティスはそれに近いことをしていましたが、最終的に誤用され、それによってアトランティス文明は終焉しました。その教訓を思い出して、今後は正しい活用をすることを望みます。その教訓はいずれ時期が来た時に、スフィンクスの地下にある記録が取り出され、目にするようになることでしょう。
リーディングを終了します。
(ありがとうございました。)
<了>

2019年3月11日

生命操作はどこまで人間に許されるのか

№15513 2018.5.17

【質問1】ゲノム編集について、細胞の核に「生命の設計図」であるゲノム(全遺伝情報)が入っていて、それを狙った通りに改変する「ゲノム編集」というものがあるそうです。米国では既に心臓病の原因遺伝子を修復する実験が始まっているそうです。より健康でありたい、知能や身体能力を高めたいという願望による生命操作は、どこまで人間に許されているのでしょうか?霊的指針をお教えください。
 
【ソース】人類はアトランティス時代の科学技術のレベルに近づきつつあります。未だ、アトランティスのピークを超えていません。人間の霊的成長が必要です。それによって科学技術と釣り合うことができ、科学技術を正しく用いることができるからです。また、科学技術を正しい方向に発展させていけます。

アトランティス時代においても、現代の文明においても、最も欠けているところが人間自体の霊的成長が図られていないという点です。そのため、科学技術が正しい方向に発展していきにくくなっています。また、科学技術を十分に収めて正しく用いるということができにくくなっています。

どこまで行って良いのか、その分別もついていません。科学技術自体は良いとも悪いともいえません。ひとつの技術であり、また道具であり、法則に過ぎないからです。大事なことは人間がどのようであるかです。人間が用いるからです。人間の動機と目的、方向性です。

例えば、原子力においても原子力自体は良いとも悪いともいえません。しかし、それが一旦原爆として作られて、核兵器として用いられれば、悲惨な結果を招きます。破壊的に作用します。また、エネルギー源として原発で用いるにしても、その是非が問われます。現代において、見落とされているのは人間自体の育成と成長です。良心の目覚めとも言えます。魂の目覚めのことです。それをしないと危険です。そのようなレベルにまで科学技術が発展してきました。

アトランティスはまさしくその欠点によって滅びたのです。高度に発達してきた科学技術を正しく操作しきれない人間自体に問題があったのです。科学技術を扱う側の人間の中身が問われます。現代の文明もアトランティスの時と同じような歩みをたどりつつあります。科学技術を発展させることしか考えていません。このまま行くとアトランティス時代の二の舞になりかねません。その時期が近づきつつあります。

ゲノム編集も、また人工知能も、その一つです。それらが全面否定されるほどではないにしても危険性もはらんでいます。人間自体を進化させていかねばなりません。どういう場合には使って良く、一方どういう場合は使ってはならないのか。また、使う場合はどのように使わなければならないのか。それは霊的成長と深く関連しています。人間の程度が問われるのです。人間性が。病で苦しんでいる方の救済が目的ならば良いです。ゲノム編集も。しかし、人より勝ろうという野心や目標などのためにゲノム編集が悪用されると新たなカルマを作り、それ相応の結果を招きます。

本当に困っている方々の救済の目的ならばゲノム編集も許されるでしょう。しかし、それなりにやっていけてる人が人より勝ろうとして、それを自分のためだけに使うとしたら、思わぬ事態を招きます。これはゲノム編集だけに限りません。科学技術は今後このようなことに直面していきます。いろいろな面で。

例えば、動物実験ではすでに一部成功しつつあるコピーのような存在を作ること。それが、もし人間にも用いられたとしたらどうでしょう。フランケンシュタインのような存在が登場することになります。心や魂がなく、肉体的には発達していて危険な存在となります。人間がして良いところとしてはならないところとがあるのです。それを見分けるのは本当の叡智です。良心に根ざした知恵です。そもそも、どういうことはして良いか、そしてどういうことはしてはならないか、ということがあるということさえ、気づいていない科学者がほとんどです。

物理的な法則のもとに霊的な法則が働いているのです。今の時代状況は物理的な法則だけを解明して応用するほうに向かいすぎて、霊的な法則を解明して考慮することが後退しています。非常にアンバランスです。それをバランス化させることが緊急に必要になってきています。そうしないと、今後いろいろな面で思わぬ事態を招くことになりそうです。そのような時期が近づきつつあります。うまく用いれば病気を克服するようなことも多く出てきます。良いほうも。しかし、それで油断して、なんでもやれそうに思うと危険です。

まず、どういう時に用いて良く、どういう時には用いてはならないかの、両方があること。そして、それが実際具体的に一つひとつについて見分けられること。そして、その見分けた通りに現実に応用すること。そのようなことが必要になってきます。法律のようなものも必要になってくるかもしれません。そのことのための。こういう場合は適用して良い。一方、こういう場合は適応してはならないなどといったように。

【質問2】安楽死について、 2017年に女性脚本家・橋田壽賀子氏が「安楽死で死にたい」という発言をし、また著書も出されたようです。高齢者として「迷惑をかけたくない、存在価値が無い、天涯孤独」などの理由でした。高齢者が増加する中、同じような思いの方がおられると思います。安楽死について指針をお示しください。

【ソース】安楽死の場合は、たとえ実行してもそれほど大きな罪ではなく、それほど大きな弊害にはなりません。ただ、好ましくないということはいえます。安楽死は一種の自殺だからです。自殺が果たして良いかどうかということを問うのと似通っています。他者に直接の迷惑や危害を与えないという点では大きな弊害はありません。では、まったく自分だけに属することで他者に及ばないかというと、ある程度は他者にも及びます。本人は安楽死したくても、その人を本当に思ってる人を悲しませることになります。

また、霊的な親である神さまをも悲しませることになります。そして、自分の命も悲しみます。自らまだ生きる力が残っているのに、自分の命を断つということで。自分の普段の意識は安楽死を望んで実行に移しても、自分の命自体は納得せず命は悲しみます。肉体も悲しみます。まだ生き続けられるからです。

それによってカルマも作られます。自殺と似たようなカルマです。周りに迷惑をかけなくなるのだから、むしろ良いことではないかと思うかもしれません。しかしそれは、常識的人間的に見た認識です。周りの人は看てあげるのが大変でも、自らの命を断つような安楽死は望まず、看てあげるのが大変でも看てあげたいし、また看てあげる必要があるのです。

必ず原因や根拠があって物事が現れ必要な限り存続します。それを人工的に強制中断するのは不自然で、本当には終わっていないことを強制終了させることになります。それによって果たされるべきカルマや学ぶべきレッスンが強制終了させられます。本当には終えることになりません。

やはり、病気とか老衰とかで、やむをえず他界するということが自然です。それによってこそカルマが遂げられ、あの世に移行できます。ただ、他者に対して積極的に被害をもたらすというほどのことではなく、基本的には自分で自分の命を早めに絶つということですので、安楽死はそれほど大きな罪ではなく、のちに大きな弊害をもたらすというほどのことではありません。

自分の命を大切にせず、まだ終わっていないのに強制終了したというカルマはできます。本当に自分の命や肉体を大切にして、生きられる限りは生きるということが自然です。それだけの原因や目的があって生き続けるからです。それを自分の判断で強制終了するというのは、終えられていないまま終わらせることになります。

それと対照的なのが延命治療です。やはり自然なのが神の摂理に適っていて、支障を来しません。ただ、延命治療もそれほど大きな害はなく、生かそうとしても限界があり、ある程度延命治療で生かしても、生きられるだけのものがある限りしか生きられませんのでそれほど害はありません。延命治療も。

周りに迷惑がかかるとか、天涯孤独であるとか、このようなままでは生き続けたくないし、存在価値がないとか。それは本人の捉え方であり、それで自分の命を医療の技術を借りて強制終了するのは、不自然で、本当のことではありません。そのようなカルマを新たに作って、その結果を受けるようになっていくことでしょう。ただ、大きな罪ではないので、多少支障を来しながらその生命が存続していき、あの世に移行して、そのカルマを担いながら霊界で過ごし、そして生まれ変わってきます。

現代人は今話したようなことに対して鈍感であり、著しく疎いのです。科学技術を物的に発展させることには長けているけれども、魂や霊のことや神さまに関することがほとんどわからず、考慮に入れておらず、結果的に軽んじてしまっています。非常にアンバランスなのです。そうであるからこそ、ARIのようなところが必要になってきているのです。他にもそういうところや、そういう人は必要な限り出始めていることでしょう。それでなんとかバランスを取って進んでいくということになります。

【質問3】瞑想について、あるヨガマスターいわく「自己流の瞑想はバランスをくずしたり、憑依にあったり、危険な状態に陥ることもあるため、良き指導者につくことが必要」とのこと。瞑想についての留意点について、お伝えください。

【ソース】そのヨガマスターの言葉は一理あります。そのようなことは確かにあります。では、指導者につけば全く問題がなく、全てうまくいくかというと、そうでもありません。今度は別の弊害や問題が発生してきます。

基本的にはそのヨガマスターの言葉は正しいのですが、ただそれだけですべて解決するというほど、ことは単純ではありません。ヨガの指導者につくと、ある程度は守られ、偏りなくできるようになることは確かですが、ヨガの指導者とて人間であり偏りがあります。やってきた生徒さんや弟子たちに対して、自分の信念ややり方を押し付け、その下で指導しますので、その下で学ぶ人は指導者の枠にはめ込まれ、指導者の主観の弊害を受けます。

たまたまちょうど指導者と相性が良ければ、比較的スムーズにいき、うまくいきます。しかし、指導者と合わなかったり指導者自体の癖が強かったりすると、かえって損なわれてしまいます。それならむしろ指導者につかないでひとりでやったほうが良いくらいです。自分でやると自分の癖が出て弊害が生ずる。そういうことはあるのですが、指導者につけばついたで、今度は指導者の癖を受けて、指導者からのマイナスの影響も受けてしまう。何より型にはめられ、伸び伸びと自分に合う形でできなくなる。そういうことが発生してきます。指導者が良い人で、しかも自分と指導者の相性が良い場合なら恩恵を受けます。しかしそうでない場合は弊害もあり、弊害が大きい場合はひとりでやったほうが良いくらいです。

その言葉はヨガのマスターの言葉であり、ヨガのマスターという立場で自分が指導者なので、指導者につくべきだと言っている部分があるのです。その意味で鵜呑みにできません。ただ、それにも一理あり、もしその言葉がその指導者の誠意から出たものならば良いものです。しかし、自分のもとにできるだけ多くの人が来るようにということで発せられた言葉ならば、必ずしもよろしくはありません。我流ということでなく自分で自分をわきまえながら、その時自分に合う形で自分に瞑想させるようにするならば、ひとりでも瞑想できるし、むしろひとりのほうがうまくできます。

後は師匠との距離の取り方です。全くひとりで行うということは難しいということはあります。かといって全く師匠の下で行うと、師匠に支配され思うようにされてしまいます。それで師匠と適当な距離を保ちながら、自己流に陥らず、師匠に支配されたりコントロールされることもなく、師匠から良い影響だけを受けられるように関わるのが、上手な師匠との関わり方です。

自分の心を平らにして、今の自分に合う効果的な瞑想を見出して行うということにすれば、憑依されることはないし、偏っていくこともありません。動機が良く、バランスも良ければ、憑依されません。万一憑依されたら、憑依してきた霊も自分と一緒に上がっていけるように、霊と一緒に取り組み、自分のことも付いた霊のことも両方、根源の神さまにお委ねして、根源の神さまの下で瞑想や祈りに励みましょう。瞑想の始まりと終わりに根源の神さまに礼拝してお任せするのです。また、お礼するのです。

そうすれば、守られ正しく導かれ、成果が上がってきます。生きた人間の指導者の下でするべきだというよりも、目に見えない根源の神さまの下で、正しい信仰と健全な精神と動機を持って、自分に合う形で瞑想するということが本当なのです。

【質問4】ライフシールの意味について、以前受けたアロン・アブラハムセンのリーディングのライフシールの中心に「変化の書」の中に描かれている六線星形44番が出ました。易経の44番は姤(こう)天風姤(てんぷうこう)「女王蜂のような女」というものでした。今生のあなたを正確に描写しているとのことですが、あまりよく理解できませんでした。その意味について改めてお教えください。

【ソース】あなたは肉体的には男性ですが、女性的な面が結構あります。もちろん、見かけ的な女性的というよりも、もっと内面の性質のことを今、言っています。

男性のエネルギーはポジティブ、女性のエネルギーはネガティブです。ネガティブというのは悪い意味ではありません。消極的受身的で優しい力のことです。太陽と月にも対応できます。女性的な力はフェミニン・パワーです。あなたは肉体的には男性ですが、女性的なエネルギーの質が強いです。そうであるからこそ、公務員として合っていて、長年勤め続けられています。また、フェミニン・パワーが強いので、霊的なことや精神世界などに合っていて強く惹かれます。神官とか巫女とか宮司とか僧侶とかは、性別に関わりなく女性的な職業や役割です。神さまの媒体になる人も同様です。

そのようにあなたの内面性はフェミニン・パワーが主体になっています。消極的受身的で、周りに合わせ相手を支え活かすパワーです。優しい人です。ことさら自己主張したり相手を改宗させたり相手を支配したりコントロールしたりという、男性的なパワーの人ではありません。女房役的な人です。

それ自体は良いことなのですが、それに気づかずその自分の女性的なパワーが自分の中で実権を持ちすぎて、自分の中にいくつかある男性的な面の可能性を自分の主体になる女性のパワーが支配し、抑え込みコントロールしているのです。特に霊的な面でその女性の面が、自分の中で他の男性の部分を支配したり、抑圧したり力を削いだりしてしまっています。それが水商売的な女性という意味です。文字どおりの水商売という意味ではなく、スピリチュアル的な意味です。それが女王蜂で例えられたのです。それは表面だけ見てはわからないことです。

自分の中にそのようになってる部分があることに気づけば、そのライフシールが確かに的確であると気づけます。いわゆる、水商売的なふしだらな面はあなたには皆無です。全くありません。しかし、それで例えられるような、スピリチュアル的にそのようになっている自分の中で、受身的消極的な女性の部分のパワーが主体になって、本来の男性としての自分のいくつかの側面が、それで手玉に取られたり抑圧されたり力を削がれ、現実面での自分の男性としての意気込みやパワーがやられている。

そういうことが、もし起きていると思えたなら、そのリーディングの予告や警告が自分の中である程度成就してしまっているということです。そのようになりやすい部分をあなたの中に読み取って予告してきた徴です。そのライフシールは。しかもライフシールの真ん中にそれが位置しているということは、それがあなたの中心を占めていて、それが潜在的にはあることがキャッチできたということです。

スピリチュアルなものが水商売的だというのは意外に感じるかもしれません。実際的な面を大切しながら、健全な形でスピリチュアルが働けばもちろん良いものになります。あなたもそれを目指して取り組んできていることでしょう。もし、そのように調整が健全についているとしたなら、リーディングで予告されたことは幸い成就していません。成就しないためにそのような警告が予め発せられたのです。

以上のことに気づいて、その観点で自分を見直し、もし少しでもそういうことになりかかっている部分があったら、気づいて調整を図りましょう。そうすれば、そのリーディングで言われたことの意味がわかり、それを良いほうに振り向けていけることでしょう。
リーディングを終了します。

(ありがとうございました)
<了>

2018年4月13日

今後の世界の動向は?

2017.12.28 パーソナル・リーディング No.15392

【質問1】神さま、このリーディングのおめぐみを深く感謝申し上げます。今年は、北朝鮮の脅威にさらされました。それを機に日本は軍備を強化する方に向かっています。「最大限の圧力」をかける方針は、解決に向かえない誤った選択だと思われます。「60年後くらいに核戦争が起こり得る」と伝えられましたが、どうか神さま、人類に本当の知恵をそして愛をお与え下さい。日本が世界の平和に向けて役割を果たして行けるようお導き下さい。やがて拉致された方々が御家族の元に帰れますよう、どうかお力添え下さい。

【ソース】その時点のその人を表すような現実の動きや状況となる。これが法則です。外界は内界の反映だからです。それゆえ、世界に平和が訪れるためには、人間ひとり一人の魂の目覚めと成長が求められます。政治にも出来ることはありますが、法則からして世界平和は人間一人ひとりの成長を待って初めて実現することなのです。ここに、霊性を基とした教育の必要性があります。

もちろんそれはARIだけですることではなく、それぞれのところに天から人が遣わされ、それぞれの個人やグループが自分の持ち味を活かして、使命を果たしていってこそ、行われていくことです。また、お祈りが不可欠です。危機を回避でき、大事に至らないように良き思いを祈りとして発することです。

或る程度運命は決まってはいます。人々の思いと行いを原因として、それに応じた結果が出てくるからです。しかし100%運命が決まっていて変えられない、というものではありません。古いカルマが果たされつつ、新しい運命が一方で作られつつあります。それゆえ、お祈りを通して神様のお力を戴くことで、良いほうに導いていけるのです。また、いわゆるお祈りという形を取らなくても、「世界が無事で良くなっていって欲しい」という心からの願いも、祈りに通じます。そのように願う人が多くなればなるほど、危機を回避して、より良い世界が訪れる助けとなります。このようなことに気づいた一人ひとりが、良き思いと良き行いに努めることが助けとなります。

まずは、一人ひとりの参加が必要になってきます。それはちょうど選挙のように一人は一票しか投じられないけれども、「塵も積もれば山となる」で、一人ひとりが良き思いと良き行いを一票として投じることで、その集まりが良い世界を実現させることになるのです。そのことを軽んじたり諦めたりしてはなりません。「自分には何ができるのだろうか」。自分の置かれた状況、立場、役目、能力、心の思いなどからして、その時できる最大限のことを行わせていただくのです。たとえ微力であっても、一票は一票です。力に成り得るのです。小さな積み重ねが大事です。良き思いばかりでなく、実際に良き行いを取っていくのです。

自分だからこそ出来ることを、その時その時精一杯させていただきましょう。それによって出てきた結果は、神様が下さった結果と捉えて素直に受け止め、それを基にまた次にできることやすると良いことに向かっていきましょう。日々、神様に自らを捧げ、神様との関わりで、また周りの縁のある方たちとの関わりで、その時自分ができる精一杯を果たしていきましょう。神様に自らを捧げながら、素朴に、心や命や愛を大切に、幼子のように生きていきましょう。神様にお捧げすればするだけ、神様が現実や心に介在してくださり、捧げた分、神様が現実を動かし、助けになってくださるように働かれます。

神様の働く場は二つあります。一つは人間の生きている現実です。もう一つは人間の心の中です。神様に捧げれば捧げるほど、その分神様が現実に介在して、現実で働かれ始めます。また、神様にお捧げした人の心の中でも神様は働かれ始めます。それゆえ、お捧げしたら注目していてください。現実の動きを。そして自分の心の動きを。必ず、委ねた分、神様が介在してくださって働かれ始めますので、そういう目で現実の動きや自分の心の動きを見ていてください。現実の動きと自分の心の動きに素直になって、それに応じていくのです。現実の動きに対しても、自分の心の動きに対しても。

「自分には何もできない」とは思わないで、置かれた状況と自分の立場と能力からして、ちょっとでも世界平和の助けになりそうなことを行わせていただくのです。また、心の中でそのことを願い、心から思うことです。これまで作ってきたカルマが顕れ出て、解けていくプロセスは辿ります。それは受け止めながら誠意を持って応じていかねばなりません。

その一方で、良いカルマを生み出していく、という努力を怠らないことです。良き思いと良き行いです。それが着実に運命を開拓し、人類の運命を良きものとさせていくのです。そして、それが延(ひ)いては自分や家族の為にもなっていきます。そこに命の保障があります。心配したり、あれやこれ想い煩わずに、神様のことを信じてお任せし、自分としてその時できるより良いことを着実に一つひとつ果たしていきましょう。


【質問2】「アメリカは1998年までにアトランティス時代のカルマを果たし終え、それ以降は新たな方向へ向かう」と以前伝えられました。政権を持つことを許されたトランプ大統領により、今後、アメリカは国としてどのように向かって行くのでしょうか? エルサレムに大使館を置くことでアラブ諸国の反発を招いています。イスラム国は弱体化しましたが、今後を案じます。また、中国の「一帯一路」構想は、世界の国々にとって好ましいものでしょうか?各国が利害を超えてひとつになれますよう、お守りお導きお力添え下さい。

【ソース】世界がひとつの国となり、神の世界が地上に実現すること。それが宇宙創造神の願いであり、その方向で現実が動いていて導かれつつあります。ただ、人がまだ未熟でカルマもあり、すんなりはいきません。浄化と育成のプロセスが必要です。時間も掛かり、手間取ります。だからこそ信仰が不可欠です。

「ヨハネの黙示録」に描写されているように、浄化と育成のそれなりのプロセスが必要なのです。ただ、根本のところでは宇宙創造神様がおられ、人類も地球も滅びることなく、必要なプロセスを辿ってカルマを果たし、教訓を学び取り、成長していくように計らわれています。その神様の思いを信じ、それに協力的に生きていくことです。そうすると神様はやり易く、余計な痛みや痛手を被ることなく、最小限のダメージや犠牲でプロセスを通り抜けていくことができます。

西暦1958年~1998年までの40年間はテスト期間でした。試みの期間です。「40」という数は試みの数です。例えば、モーセに率いられたイスラエル人(びと)たちがエジプトを出てから約束の地に入れるまで40年間でした。その間、イスラエル人たちは神の試みに遭われていました。また、イスラエル人たちがエジプトの国に寄留していた期間は400年といわれています。イエス様が断食をされて、山の上で悪魔の試みに遭われていたのは40日間でした。

このように「40」という数は試みを表す数です。西暦1958年~1998年までの40年間は人類のテスト期間だったのです。その40年間にアトランティスのカルマを始め、人類のカルマが顕れ出て混乱がありました。そのテストを正しく捉え、より良い方向付けを取れば、テストに合格でき、その後いろいろ経ながらも神の国が実現する方向に向かっていけます。試練がその40年間だけで済むということではありません。その40年間は試みの期間だったのです。

アトランティスを初めとする過去のカルマが、その40年間で出ました。また、それで済むほど簡単ではなく、むしろその期間に試練が、つまり本当の試練が始まったとも言えます。「1998年までに試練が始まる」ということです。それがだんだんに出始めているのです。それが世界に混乱をもたらしている理由です。

しかし、神様は救済の手を差し伸べてくださります。そのような大変な時代に入るからこそ、ホワイトブラザーフッドからヨハネが遣わされました。そのような時代の舵取りと、指針を与えるためにです。また、用意ができてきた人にはキリスト再臨が授けられます。本当に必要で純粋になってきている人、先ほど説明されたように参加型の人で、神様に協力的になり、自分がその時できることを精一杯させていただいて、良き思いと良き行いに生きようとする人には、励みとしてキリスト様が現れてくださります。

一方、それから逸れたような、あるいは反したような背いた思いや行いに走る人には、ハルマゲドンが待ち受けています。一人ひとりが自分の向け方次第でキリスト再臨を体験するか、それともハルマゲドンを体験するか、どちらかにそれぞれが向かいます。そして、人の比率がその両者でどうなるかで世界の混乱や動きが決まってきます。「ヨハネの黙示録」では14万4千人という数が備えられ、捧げられた時、神の国が実現すると約束されています。

14万4千とは12×12×1000の数です。12はイスラエルの聖数です。それが二乗されています。12×12です。さらに、それを強調して千倍されています。もちろんこれは象徴的な人数です。ある一定の数の人たちが神様の思いを理解し、そのご意向に沿って生きようと自分を向けた時14万4千人の1人となります。

それは、このような宗教宗派に関わりません。この人々が特定の宗教宗派に固まるということはありません。特定の国や民族に固まることもありません。また、本人次第であり、予め定まっているのでもありません。そして文字通り14万4千人ではなく、実際はもっと多く必要です。他の人を蹴落として自分がその数に入るということではありません。むしろ他の人をお誘いし、共に14万4千人に入るということです。数は多ければ多いほど良いのです。

アメリカは今の時代状況を反映し、国家主義に向かっています。日本もその時代状況を受けて国家主義に向かっています。安倍政権はその象徴的な表れです。それを察知して、北朝鮮も国家主義に傾いています。韓国も中国も国家主義に向かっています。ヨーロッパ諸国の多くもそうなってきています。

国家主義というのは国家のエゴです。エゴとエゴとはぶつかり合います。相手を思いやり、配慮し、尊ぶという姿勢が足りないからです。そういう在り方では余計に混乱を招くばかりです。もっと相手を思い、違ったところを理解して認め、共存し、協調する謙虚で柔軟な姿勢が必要です。それがONEであり、和です。かつて聖徳太子は和を唱え、今ARIではONEを唱えています。

一強独裁的な在り方は周りと対立し、争いと恐怖の元です。アメリカは世界をまとめるどころか自分の国ばかりを考えるようになってしまいました。そして昔ながらの聖書のイスラエル国を理想とし、そのエルサレムを首都と見做すようになってしまっています。しかし、これも過去を辿っているプロセスのひとコマです。それに動揺することなく、気をしっかり持って、宇宙の根源の神様の思いと願いを正しく理解し、和の精神で生きていってください。

今はそれぞれの国が自我に目覚めているところです。そこを通ってそのうち、限界や間違いに気づかせられ、反省し、調整し、改善していく。自分を愛するように他の国のことも思いやり愛する。そうなってくれば本当です。他を思いやる余裕がない現状です。中国のひとつの方針は、今の中国を表しているもので、中国の歩みのひとコマです。それぞれの国がいろんな在り方を経ていくのです。「ヨハネの黙示録」は、その法則について説明されている書物です。

こういう時こそ気をしっかり持って、目の前のことにONEの精神で適切に対応して生きていきましょう。

【質問3】前回の東京オリンピックがそうであったように、2020年の東京オリンピックは、日本にとっての分岐点になると思われます。今上天皇が退位され、平成が終わります。最近は毒出しをするかのように各分野で日本の大企業の不正が発覚されています。政界の希望と見なされた小池百合子氏は「排除」のひと言が国民の反感を買い、衆院選は自民党が圧勝しました。国の舵取りを任された自民党が道を間違わないよう、どうかお力添え下さい。日本が神さまに喜ばれる国になりますよう、どうかお導き下さい。

【ソース】外界は内界の表れです。現在の日本の成長段階とその内容が、今のような政治の体制や在り方を作り出しています。また、世相や起きる出来事、人々の常識、行動、それらも現状の日本人の内面性を表しています。嬉しいことも、辛いことも、良いことも、問題も、日本人の心の中にあるものの表れです。

それゆえ、状況や出来事に責任を取り、どんなことが起きても認めて受け止め、誠実に対処していかねばなりません。それによってカルマも責任も果たされて、次に進んでいけます。そしてこれからの思いと行いを良いものにするように努め、人を思いやる心を持って、共に協力して国を営んでいくようにすることです。

潜在意識が現れ出て、知られ、浄化され、育成されていきます。そのように潜在意識が現れ出て、解消し、整理され、育成されて、整ってくると、日本人の魂の超意識が現れ出るようになります。日本の本質の魂のところには「和」があります。日本人の魂が目覚め、動き出せば、日本の最も良いものが自覚され、働き出します。そうなってくれば日本がまとまるばかりでなく、世界をも認め、包み込み、それぞれを支え生かし、成り立たせるような包容力が出てきます。母親のような。

物的には小さな規模の国ですが、かつてのイスラエルのように小さくても模範的な雛形に成り得ます。日本は精神性と、それに基づく科学技術において優れています。それらが発揮されますように。

【質問4】2018年は「北海道」と命名されてから150年になる年です。7月17日は「北海道みんなの日」に制定されました。道民は、アイヌ民族の「自然万物への畏敬の姿」に触れる機会があり、この美しく、清らかな大自然の中で生きる事で、日本人が失いかけている心を保持しています。北海道に宇宙創造神の御経綸が広まり高まり深まって行くよう、どうかお導きください。「常に神と共に、主と共にあるように。神の御心の通りになるように。全き服従をもって生きる事が出来るように。主イエス・キリストさまの聖名により感謝と祈りをみ前にお捧げ申し上げます。アーメン。」

【ソース】日本の国は北海道を含めて初めて一つの国の魂としてあります。北海道がなければ日本として不完全です。九州があり、四国がある。本州があり、そして北海道がある。沖縄もある。これで初めて一つの体として成り立っていられます。それぞれの所にかけがえのなさと果たせるお役があります。北海道には北海道ならではの良さと、果たせる役目があります。そのために存在し、与えられています。

ご質問にもあるような、北海道の古来からの良き魂が宿っています。それを自覚し、十分に果たしていってください。四国も九州も本州も沖縄もそれぞれが自覚し、自分ならではのものを提供していってください。それを互いの関わりの中で認め合い、協力し合って行うのです。日本が一つになれば、今度は世界との関わりでお役に立っていける態勢ができてくることでしょう。そうなりますように。

リーディングを終了します。
(ありがとうございました。)
<了>

2018年3月7日

原発の「悪影響」とは具体的にどのようなものなのでしょうか?

2017.12.19 パーソナル・リーディング No.15381 

質問1:原発の悪影響について、以前原発に関するリーディングにて「爆発しなくても原発自体に潜在的に悪影響を及ぼすものをはらんでいて、地球や人類に悪影響を及ぼし続けている」とのこと。「悪影響」とは具体的にどのようなものなのでしょうか?また、それはいつ頃発見されるのでしょうか?お教えください。

ソース:原発の悪影響とは、その異物感にあります。存在するものは何らかの影響を周りに及ぼします。良い影響も悪い影響も及ぼします。その影響には2種類あります。1つ目はその存在自体の持つ影響です。もう1つはその存在から生ずる働きに基づく影響です。一般にはこちらの方が取りざたされます。周りに対する思いや言葉や行い、或は態度などのカルマ的な働きによる周りへの影響です。

しかし見落とせないのは、最初に述べられた「存在自体で既に実は周りに影響がしっかり及んでいる」という事実です。「思ったり行ったり話したり」というカルマ的な働きをしなくても、「存在している」だけで周りに影響が及んでいるのです。人間の場合にしても組織にしても原発のようなものにしても、存在そのもので影響が及んでいます。動物にしても植物にしても、岩石、或は家、建物。そのような存在そのもので既に、何もしていなくても影響が及んでいます。

原発の影響が及ぶという場合、主にこの存在そのものによる影響を指して述べられたのです。それゆえ、特に破損などによる爆発によって積極的な悪影響が及ぶ以前に、既に健全に機能している原発においても、存在そのものとその健全な原発の役目の働きによって既に、地球と人類にとって好ましくないものが及んでいるのです。

一人の人間が存在するように、地球という一つの生命体も存在しています。一人の人間の体内に好ましくないものがあると異物感が生じます。それは意識や体が感知しなくても無意識のレベルで異物感が生じます。科学的に見て害がないとみられるものの場合でも、ある程度生命体としては異物感を常に感じています。ある物を食べた場合でも、現代の医療で様々な補助的な物を組み込んだ場合でもです。また、物質でなくても心の中の思いや記憶などでも異物感が生命体にはあります。意識するとしないとに関わらず、感ずると感じないとに関わらず異物感をきたしています。それ自体が既に悪影響をある程度及ぼしています。一人の人間にとってそうであるように、地球という一つの生命体においても原発は異物感をきたしています。

例えば、日本の国土の中に55基ぐらいの原発があると、日本という国土の生命体に55個、異物が組み込まれているということになります。地球全体を取ってみたらば、数百にも及ぶ、体にとって違和感を生じさせる原発があるわけです。体に優しいということとの対極です。それは、あまり地球という生命体にとって居心地の良いものではありません。爆発して明らかな悪影響が及ぶ以前に、既に地球にとって優しくない、人工的な心地よくない原発があるということです。

その典型がプルトニウムです。プルトニウムは、元々自然の中には存在していなかった原子です。それを人間が新たに作り出しました。一旦作り出すと2万年くらい地中に深く埋めても消えません。その影響を地球に及ぼし続けます。ある意味で悪魔的な物質なのです。

確かに効率よく人間に必要な電力などを供給してくれてはいますが、地球の自然には優しくない存在と働きなのです。科学技術の功罪があります。良いほうとマイナスのほうと、です。副作用といってもよいです。良いことづくしのものは少ないです。表裏一体を成しています。それが神さまのなさることと、人間の行うこととの違いです。神さまがもたらしてくださるものは副作用がなく恩恵から出来ています。しかし、人間が新たに作り出したものの大半は、ある目的のために役立ち便利ではあるものの、良いものを代償として失ったり損ねたりするものが同時に含まれているものです。原発はその典型です。

やむをえないという人たちも多いことでしょう。しかし、原発がアクシデントなどによって爆発して放射能汚染を引き起こすばかりでなく、元々地球生命体にとって異物感がある、あまり地球にとって快適ではない存在だということです。東日本大震災による福島第一原発の爆発と、それによる放射能汚染は天からの警告です。「そのことをどう見なし、どう対応していくか」が天からのテストになっています。 

30年ほど前には、ロシアの近くのチェルノブイリの原発事故がありました。また一方、積極的意図的に核実験なども行われてきています。1954年頃には南太平洋で大きな核実験が行われ、日本にもその影響が及びました。最近では北朝鮮が核実験を行っています。それらの核実験の影響には多大なものがあります。

まして、広島や長崎に意図的に落とされた原爆は大変なダメージでした。それから数十年経つ今、そのダメージの規模は比較にならないほど大きなものに開発され作られつつあります。それらが一旦戦争のために使われたら、地球のダメージは計り知れないものがあるのです。「原爆と原発を一緒にしないでほしい」という方もおられることでしょう。しかし、結果的には同じ悪影響が及ぶ好ましくない存在と働きなのです。これから、自然に優しい再生エネルギーなどを生み出して使っていくように徐々に切り替えていかねばなりません。

質問2:世の中で様々な理由により自殺したい人たちがいますが、どのように受けとめ、サポートをしたら良いのでしょうか?生きる意味を見出せない人、絶望している人、やけをおこしている人に何ができるのでしょうか?サポートするうえでの留意点についてお教えください。

ソース:相手の方と自分との関係性、こちら側の立場、持っている特質、果たせる役目などによって、その時点で相手の方に何ができるか、またどうしてあげたら良いのかが変わってきます。

例えば、相手の方が自分の母親である、配偶者である、息子である。そのように家族の関係ならかなりのことができるし、またしてあげなければいけません。或は、相手の人が職場の同僚である、友人である。そのような場合でもある程度のことはできます。また、自分の立場と役目がセラピストである、霊能力者である、宗教者である、相手を本当に思ってあげている人格者である。それによっても良い影響が及ぼせる度合いが変わってきます。

さらには相手の人を知らない、ただ相談されただけである。或は、直接の接触はない、ネットで知っているだけである。さらにはネットでも知らず、地球の遠く離れたところの人で、なんとなくニュースで聞いて気になる。そのような遠く離れた関係性の場合もあります。このように、相手との関係性や自分の立場、役目、力量によって変わってきます。また、相手の方の状態の深刻度合い、またどういう内容や種類の自殺衝動なのかによっても変わってきます。

相手の方と自分との関係性、相手の方がこちらに接触して来られた際の動機、相手の方の性格、深刻度合い、こちらの立場、力量、役目などに合う形で、その時出来ることを精一杯させていただきましょう。出来ないことを見て嘆かないで、出来ることを見て、ちょっとでも役に立ちそうなことはきっちり誠意をもって行わせていただくのです。

必ずどういう関係性や立場であっても、またどの程度の力量であっても、またどの程度相手の方が深刻な場合であっても、全く何もできないということはありません。そのちょっとを、軽んじたり諦めたりすることなく、自分の心に従って良心的に精一杯対応させていただくことです。例えば、相手の方の話を聞いて受け止め感じてあげる、共感してあげる、分かち合う、担い合う。よくわかって意を汲んで受け止め応じてあげる、寄り添ってあげる、しばらく付き合ってあげる。それだけでも十分役に立っているのです。

最終的にはご本人の課題やテーマです。人間は一人ひとり自分のものを背負って生きていきます。その上で周りからも出来ることや、してあげると良いことはあるということになります。それゆえ、相手の方を見て、相手の方との関係性や自分の立場、役目から、また自分の気持ちから、少しでも役に立つことは、自分としてその時点で出来ることはきっちりさせていただくことです、十分に。

しばらく付き合ってあげる、寄り添ってあげる、話を一通り聞いて気持ちを受け止めて感じ取り、わかってあげる。そして、優しい言葉をかけてあげる。自分の中に浮かぶ思いを伝えてあげる。人生のある期間、共に共有したり一緒に歩いてあげる、付き合ったり寄り添ってあげる、自分の時間や体力をその方のために割く、提供させていただく。それだけでも相手の方の支えや励みになり、その方が楽になったり支えられます。この自分を否定せず拒否せず、受け止めてわかってさし上げようという方がいた。それだけでも支えや励みになります。

直接力を貸せなくても人間には心もあるのですから、わかって受け止めてあげる、認めてあげる、共感してあげる。それだけでも十分ためになります。自分の話を聞いてくれた人がいた、自分のことを否定せず優しく受け止めて、できるだけわかってくれようとした。完全に人のことをわかることはできなくても、わかろうとしてくれている。それが尊いのです。

また、魂の次元でお祈りをしてあげること。相手が良くなることを願い、悪くなることを悲しむ。嬉しいことも悲しいことも分かち合う。神さまに相手の方のことをお委ねしてあげる、優しい温かな愛を注いであげる、一言話をしてあげる、お料理を作って食べさせてあげる、暑い時は冷たいコップ1杯の水を飲ませてあげる、体をさすってあげる、優しく微笑んだり、気持ちを酌んで受け止めてあげる。

その時点で自分が出来る、良いと思うことであろうことを十分させていただきましょう。それによって出てくる結果は神さまにお任せしましょう。また、それによって出てきた結果は神さまが下さった最善の結果とみなし、どういう結果でも受け止めさせていただきましょう。各自その時点で自分が能力的立場的役目的に、また相手との関係性的に出来ることを十分尽くすということです。

質問3:近年、発達障害(アスペルガー、注意欠陥多動、学習障害など)といわれる子供が増えていると聞きます。特徴として、対人関係・社会性やコミュニケーション能力の問題、強いこだわりがある。また、変化への対処が困難とのこと。医療の分野では「脳の機能不全」などと言われています。そのような子供たちの存在理由や対応について、お教えください。

ソース:物の次元においては、原因と結果の法則が作用していることが解明され、それに基づいて科学技術も急激に発展してきました。そのおかげで、快適で便利な世の中になりました。医療も発達し、病気もかなり克服され、寿命も伸びてきています。このように自然科学の分野では、物の次元に作用する因果の法則が解明され、それを応用して科学技術が著しく発達し、便利で快適な、また安全な世の中になりつつあります。

実はそれと同様に、人生にも法則が作用しています。社会にも法則があります。心の世界や魂の世界にも因果の法則が作用しているのです。運命も偶然ではありません。人の辿る人生も、気まぐれでも非合理でもありません。運も実力のうちです。全て、物の次元と同様に原因と結果の法則に基づいて動いています。それがカルマです。心で思っているだけで影響が及びます、自分自身にも周りにも。

仏教では意業(いごう)といいます。心のカルマです。もちろん、口で話す語業、実際に身体を使って行う身業などのカルマも、当然あります。その人の状態が今なぜそのようであるのか。それは偶然でも非合理でもなく、前世から今に至るまで、その人がいろいろ思ったり行ったり語ったりしてきたカルマ的な結果です。

また、周りの状況や動きや出来事や体験も偶然ではなく、何故今その人の周りの状況や出来事や人間関係はそのようであるのか。それも偶然ではなく、本人が前世から今に至るまで、思ってきたことや行ってきたことや語ってきたことのカルマ的な正当な結果です。それゆえ、自分の状態と周りの状況や動きに人は誰でも責任があります。そのことを知って厳粛に受け止め、現状に立って、その時するべきことや出来ることを最善の形でさせていただくのです。それによってカルマが果たされ、問題が解決し楽になり安定してきます。

カルマの法則は因果の法則であり、過去から現在にかけて働くばかりでなく、現在から未来にかけても同様に一貫して働き続けます。それゆえ、これからの新しいカルマに注目です。現状を踏まえ、これからの思いと行いをより良いものにしていくことで、着実に自分の状態も周りの状況も改善され、良くなっていきます。

一人ひとりがこのことに気づいて、まず現状をそういうカルマ的な正当な結果であると認識して、どういう状況や状態でも認めて受け止めるのです。そして現状を踏まえ、現状の中で出来ることや、すると良いことにベストを尽くすのです。そうすると、着実に状態も状況も上向きになっていきます。

また、人は閉じた存在ではなく縁というものがあります。生命は全て関連し合い影響を及ぼし合って、一つながりです。ONEの世界です。命と命は全て連動し、担い合い、責任があります。これが愛です。それゆえ、カルマにしても出来ることにしても、お互いに関連し合っているため、ただ本人の責任とか、しなければならないことというので済ませず、互いに責任を感じ、助けられるし助けてあげるべきです。また、自分が困っている時は助けを乞い、助けてもらって良いのです。お互いに関連し合ってそれぞれの存在があります。

それゆえ、本人のカルマとか課題だというように狭く限らずに、自分にも関連し自分の責任と役目でもあると広く捉えてください。特に家族や深いつながりのある方に対しては、そのように自分の責任や課題や役目や可能性の一部だとみるのです。必ず原因と理由、意味と目的があって発達障害のお子さんも出てこられています。それゆえ、本人の責任とか課題だとかということだけで見ずに、お互いに関連し合って助けるべき存在なのですから、近くにそのようなお子さんがおられるということもまた偶然ではなく、自分のほうにも気づくべきことや、してあげるべきことがある。また、自分に何か責任や学びもあるかもしれない。

そのようにつながりの中で大きな愛を持って現状を受け止め、我が事として認識して取り組んでください。お互いの関わりの中で、前世から今に至るまで、いろいろな営みが成されて、その一環としてそういうお子さんも出てこられているのです。その意味では、共通の責任であり共通の課題であり共通のテーマです。

自分にとって良いところや都合の良いところだけを見ずに、大変なところや辛いところも我が事として認め受け止めて、気持ちを落ち着けて、助け合い協力し合って担い合い取り組んでいくことです。それが本当です。大乗仏教の精神と心得です。人間はつい、直接自分に関わるところだけを自分の責任と役目と見なし、他は関係ないと見なしがちです。また、自分にとって好都合で楽なほうだけを認め受け入れ、自分にとって大変で不利なことや嫌なことは認めず拒否しがちです。

それではカルマは果たされず、役目も果たされず、成長がありません。自分にとって良いところも嫌なことも、平らで広い心でどちらも認めて受け止めて応じていく、共存していく。これがONEです。

そのようにしてこそ、成長しカルマが解消し、現状の全てが支えられて成り立ち癒され回復し、全体として持ち直して前に進んでいけます。どういう部分でも原因と理由があるし、お互いの関連で自分にも関わってくるのですから、どんな現状でも認めて受け入れ、対応して、出来ることをして差し上げましょう。

質問4:第2の死について、ケイシー・リーディングで「消される魂もいるのか?」との問いに「魂は消されないが、それ自身を識別する魂の個別性は失われる」という。それは、自我意識がなくなり「もの」あるいは「宇宙の気」のようになってしまうのでしょうか?このことについて、お教えください。

ソース:ケイシー・リーディングの答えは大まかに見て正しいのです。第2の死という表現が「ヨハネの黙示録」に出てきます。どんな問題を起こした魂でも、神さまによって消されて滅ぼされることはありません。生命は永遠だからです。ただし、その魂の個別性は消されます。存在自体は消されませんが、その魂の個別性は消されます。それによって本人は「自分」という自覚を持てなくなります。

その命自体は存続していくのですが、自分という意識を持てなくなって、一滴の命として存在し続けます。それでも一旦ゼロに返ってやり直すことができ、命自体は続いていきますから、ある程度そのようにして罪滅ぼしの期間を過ごしてから、再び自我意識が神さまの判断で芽生えてくることは十分あります。

単なる宇宙の気になるのではありません。一つの命として存続していけます。ただ、自分という意識はなくなるので、客観的に見ると存在し続けていても、本人は自分がなくなってしまったような感覚や実感です。宇宙の気になるのではなく、まして単なる物になるのでもありません。

リーディングを終了します。

(ありがとうございました。)
<了>

2017年8月9日

今後の労働の在り方についてお示しください。

2017.5.10 パーソナル・リーディング No.15097

質問1:労働の在り方について。過労死、または過労によるうつ病、自殺、サービス残業、残業代未払い、非正規雇用など、労働者にとって大変な状況がみられます。表向き、残業時間の規制は行っているものの、持ち帰り残業など、労働が見えない形になりつつあるようにも思えます。いろいろな要素があり、解決が困難にも思えますが、今後の労働の在り方についてお示しください。

ソース:社会は一つの生き物です。ちょうど一人の人間が成長していく場合、いろいろな変遷を辿るように、その時、その時に応じた社会の在り方が求められていきます。そのことを理解し、労働ということに関しても、その時点の社会の在り方と、労働の在り方を見ていって、現状に対して対応し、また調整していくことがその都度、必要となってきます。その対策や調整が上手くいけば、その時点における社会の在り方と、その中での労働の在り方が、より良いものとなったり、軋轢(あつれき)が緩和されたりして、少しでも気持ち良くスムーズに、また健全に気持ち良く、一人ひとりが働けるようになります。

自ずと必要に迫られて、ある程度は修正が加えられ、前に進みつつはあります。しかし、非常にしんどい時代状況にあっては、それがきつい形で通り抜けるというようになりがちです。それが下手をすると行き詰まったり、問題を生じさせたり、多数の犠牲者が出たりすることにもなります。世の中で発生し、知られるようになる具体的な事件や事故は、その時代の課題を象徴的に表す徴です。

例えば、数ヵ月前に電通の若いエリート女子社員が、過労から自殺を遂げ、それがきっかけになって、それが知られるばかりでなく、日本の労働の在り方が見直され、改善を求められるようになったことも時代に応じた徴でした。あとは、そのことを周りの人たちがどう捉え、どのように現実に応じていくかが問われます。何もないところでは問題は起きてきません。一見、偶発的に見えたり、非合理に見えることにも根拠や理由、意味と目的があって起きてくることです。それゆえ、起きたことを簡単に片付けずに、しかし深刻に陥ることにもならずに、それを機会に見直しを図って調整と改善に取り組むことが、人間の側にはその都度求められてきます。

もっと理想をいうと、予防医学のように、病気になって困ってから慌てて調べて、治療を施すというよりも、日ごろから点検確認し、病気にならないような考え方や、生き方を自分でしているのが理想ではあります。生き方や働き方においても、このことが当てはまります。

何か深刻な事態が発生してから慌てて調べて、原因を究明し、見直しを図り、改善に取り組むということでは、犠牲者がどうしても出てしまいます。日ごろから、少しでも気になったところは見過ごさず、早めに手を打っていくことが、犠牲者を出さないためには必要です。これはどういうことの、どういうジャンルに関しても言えることです。そのように、予め困ることが起きないように、その都度自発的に見直して、修正したり改善して、時代の変化の波に乗っていくというのが、最も上等です。

その次のレベルは、起きたらば、せめて見直しを図ること。ごまかさず、必ず見直して、手を打って、改善することです。それが次のレベルです。もっと低いレベルは、事が起きて犠牲者が出たにもかかわらず、そのうち忘れていったり誤魔化して対処しない。犠牲者が出たことが報われず、学びや反省や改善をせずに、問題が起きても見直さず、改善せずにいってしまう場合です。これが最も低いレベルです。

具体的に挙げると、東日本大震災が起きて福島第一原発が破損し、放射能が放散されて、多くの方達が被曝をしました。そのような犠牲者が出たにもかかわらず、ある程度時間が経過したら、そのことから教訓を学ばぬまま、原発を再稼働することを認めて、未だに原発推進派の自民党が与党として政権を執っており、しかも、自民一強の体制の日本であることです。起きたことから反省して、教訓を学んで改善しようとしない、そういう体質があるのです。

これは一つの例ですが、起きてさえ非を認めず、改善せず元のやり方を続けるということは、どういうことに関しても最も問題です。「それ以外にやり方はない」という言い訳をします。また「あれは、たまたまそうなってしまって不運だったのであり、これからは、ああいうことは滅多にないから」などというように、言い訳もします。労働条件と体制に関しても、似たようなところが日本には感じられます。

例えば、電通の若いエリート女子社員が、過労で自殺をされた。その死が報われず、もみ消されつつあります。多少は見直して、改善したのかもしれませんが、大筋は変わっていません。「それは、例外的な自殺のケースだった」とか、「本人が弱すぎる」とさえ言う人も出てきています。あるいは、「大筋のために、犠牲は仕方がない」などと見る人もいることでしょう。また、「問題があったにしても変えようがない。そういう中で日本はやっていくしかない」というように、問題がたとえあっても、他に良い手だてが見つからないということで、大筋としては変わらぬまま続いていくような動きが見受けられます。

「多くのメリットのためには、少々のデメリットや犠牲は仕方がない」というような捉え方が蔓延しています。多くの人たちが、快適で、便利な世の中に慣れてきています。例えば、原発が使われている方が快適で、便利なものなので、わざわざその生活を失いたくないのです。「便利だし、そのようなシステムが既にできているから、少々の犠牲やリスクがあっても、それは認めるしかない」というのが大方の意見です。それが自民一強の現在の日本の在り方に表れています。「この体制と環境で働くしかない」というように、また「打つ手がない」「とにもかくにも、今、日本は回っているのだから犠牲や辛さがあっても、それには目をつぶろう」というような認識が蔓延しています。中には、「弱い人とか敏感な人は淘汰されても仕方がない」とさえ捉えている人もいるかもしれません。弱肉強食的な捉え方です。

そのように捉える人は、福祉で大変な人達を支えることが国の負担になるから、そのように見てあげないといけない人たちの中には、「この人達は生きる価値がない」などと捉え、相模原の施設の殺傷事件なども起きるのです。その犯人だけでなく、日本の多くの人たちが、似たような考え方を持っているのです。それが自民一強の在り方に表れています。一種のエリート主義です。そのため労働条件が過酷でも、「全体としては上手くいっているし、そこで緩めたら、日本自体が低下していって、外国に負けてしまう」と見ているのです。「少々の犠牲は致し方がない」というのが大方の見方であり、それが自民一強に表れています。

それゆえ、現在の安倍政権では原発推進ですし、憲法9条も変えようとしているのです。そのような考え方と方針が、日本では支持されているのです。だから、労働条件もなかなか変わりません。それで「生き残れない人は生きる価値がない」と、どこかで見ているのです。「全ての人に生きる権利や、幸せになる権利がある」という、平和的な、また健全な考え方にはなっていません。その辺に気づかないと、抜本的な改革は困難です。もっと優しく、全体のバランスがとれた在り方が求められています。それぞれが活かされ、社会の変化に応じた働き方や、職種の在り方が求められていくのが望ましいのです。

そうすれば、ある会社がやっていけなくなっても、その代わりに新しい職種が求められ、そちらに働き口が与えられて移行していけます。ギアチェンジをするように、少しずつ社会という生き物の変化に合わせて、働き方とか、職業の在り方が調整され、移行して、前に進んでいくようにするべきです。また効率よく働いて、必要なところに回していき、不要になった部分は縮小していくことです。

質問2::日本国憲法第9条について、アメリカから押し付けられた憲法であるとか、現在の世界情勢から武力を増強し、明確に自衛隊を憲法に位置付けるべきなど、様々な意見があり、第9条を改正しようとする動きがみられますが、改正してもよいものなのか、第9条の意義をお示しください。

ソース:憲法の9条は変えないほうがよいのです。日本は、核兵器の唯一の被爆国です。さらに東日本大震災という自然災害によって、原発の破損による被曝さえ、日本人は受けることになってしまいました。これは警告を表しています。偶然で片付けたり、不運で片付けてはならないことです。日本が、広島と長崎に原爆を投下されて被爆したにもかかわらず、平和の理念を曲げて、世界の平和のシンボルであることから反れてきていたことで、原発の被曝を受けることになったのです。それゆえ、日本の舵取りと、その元にある認識を見直さなければなりません。ここで、世界の情勢になびいて自衛隊を強め、戦争に対応をできるような構えを持つ方向付けをとると、もっと好ましくないことが起きかねません。国の自衛どころではすみません。

日本がなぜ、核爆弾を落とされて被爆したのか、その意味と目的を知らねばなりません。日本はそれによって、平和な国へと生まれ変わったはずなのです。それを貫かないといけない国と民族なのです。そのことを認識し、そのことを守り通さないと、もっと危険なことが待ち受けています。しかし安倍政権は、それとは逆の方向付けを取っています。しかもその安倍政権が多くの支持を受けているのです。これが日本人の誤った認識で、危険なところです。

宗教団体にしても、大きなところや、勢いを強めつつあるところは、原発容認、原発推進です。国防にも積極的肯定的です。これは戦いのムードであり、勝とうとする強気の姿勢で、これ自体が危険であり、日本が自ら危険にさらされる方向付けです。これまでのように、平和を基とした方が危険で、弱いようですが、安全でいられます。そのことに人々は気づかないといけません。

質問3:人工知能など、科学技術の発展について。ここ数年、人工知能の著しい発展がみられます。これから、人間にとってますます便利になる反面、職が失われたり、もっと進むと、人間が支配されたり、攻撃される状況もあるように思います。科学技術の発展はどこまで許されるのか。人間の霊的成長に役立つものになるのでしょうか。お教えください。

ソース:人間自体は一つの生き物であり、生身の肉体を持っています。ロボットなどの機械とは、全く異なります。それは、今後とも変わりません。生身の肉体と、心と感情を持った存在として今後とも人間は生き続けます。そして、科学技術を使うのも、そのような人間であることに変わりはありません。それゆえ、科学技術を発達させても良いですが、その方向を間違わないことと、何よりも科学技術を使う人間自体を成長させ、良い状態にしていくことが肝心です。

科学技術を発達させるなら、それと並行して、人間自体の霊的成長も行わないとアンバランスです。人間自体が良くなり成長すれば、科学技術を使いこなせます。そうすれば危険はありません。また機械で、全てが取って代わるということは起きません。やはり人間があっての科学技術であり、科学技術ではできない部分が依然として残ります。それは人間が考え行うしかないし、人間が判断し決めて、人間の責任で開発したり、それらを使いこなしたりしないといけません。科学技術が、人間の全てに取って代わることは不可能です。また、そうなってはなりません。人間は何でもできるわけではないし、「何でもして良い」というものでもないのです。

また時代に合わせて、職業や働き方も変えていくべきです。ある職業が失われて、失業する人たちが出ても、別のところで人が必要になってきますので、うまく人を回して、社会が動いていくようにするべきです。働き方も、効率よくスムーズに行われるように考慮するべきです。

機械が人間の全てに取って代わることはできません。それゆえ、人間は依然として必要です。とくに人間自体を良くしたり、人間自体を開発することに、これからはもっと投入するべきです。人間は体と心と魂からできています。その全体として開発され、健全になり、調和がとれている生命存在になることが何より大事です。

質問4;経済について。政府はここ数年、デフレ脱却、物価上昇を目指してアベノミクスとして、様々な政策を実施していますが、成果が上がっていないようです。皆が節約して、物を買わなくなると景気は悪くなり、会社がつぶれて失業してしまうと思いますが、今後、どのような経済の在り方が望ましいのでしょうか。お示しください。

ソース:人々が節約し「物を買わなくなる」そうするとデフレとなり、会社の多くが倒産していく、失業者も出てきて、生きていくことが困難な人たちが発生する。人々が節約し、物を買わなくなることは時代の趨勢(すうせい)です。それゆえ、たとえ三本の矢ということで、アベノミクスを掲げて人々を動かそうとしても、それは人々の気持や時代の趨勢に反するため、うまくいきにくいのです。

節約して、物をあまり持たなくなること自体、問題ではありません。消費社会は限界に来ています。地球の自然をも損ねます。その意味で節約するのは時代の要請であり、むしろ良いことなのです。アベノミクスの方が時代に逆行しているため、なかなか成果が出てこないのです。もっと社会の在り方や、社会の求めに応ずる職種の在り方自体、見直す必要があります。

働くことが物の製造や、物の流通や、物の提供だけだと見るからおかしくなるのです。人間が生きていく上で必要なものは、他にもいろいろあるはずです。それに気づいて働く方面を変えて、新しい職種を作り出し、人々を回せば失業せず、また社会に必要なものを提供していけます。

もちろん、ある程度、物がないと人は生きていけません。この世は物の領域だからです。だからといって、この世で生きていく人間が、物の提供だけですむほど単純ではありません。もっと人間の生活の在り方を見直し、「人間が生きていく上で人は何を求め、何が必要なのか」そして、「これからはどんなものが求められていくのか」を読み取って、それに合わせた社会の在り方と、人々の働き方が求められてくる必要があります。それに応じた経済ができてくれば、物と心、目に見える次元と目に見えない次元のバランスがとれた、人間が満たされる健全な、次の社会の在り方と人間の生き方が実現してくることでしょう。急激にではなく、少しずつその観点で見ていって移行していくことが、上手くいくためには必要です。

気づいた人から、このことに留意して動いていくようにしてください。また、周りの人たちにそれとなく、このようなことに気づかせ、対応してあげましょう。また、そのように移行していくよう、よくお祈りし、神さまに委ねてください。
リーディングを終了します。

(ありがとうございました。)
<了>

2017年5月9日

2017年のライフシールをお授けください

2017.2.3 パーソナル・リーディング No.14999

【質問1】天・地・人の岩戸が開かれました。ONEの御心で世界が満たされますように。神様、いつもありがとうございます。このリーディングのお恵みを深く感謝申し上げます。
「2017年 ARI」のライフシールをお授けください。2017年もARIをお守り、お導き、お力添えください。御祝福を賜りたく何卒よろしくお願い申し上げます。

【ソース】ライフシールの真ん中には、桃が見えます。一つの桃です。果物です。ピンク色をして、プクプクしています。その中には新しい命が宿っています。同時にそれは、時を超えた永遠の命でもあります。ちょうど桃太郎のように、時期が来ると機が熟して、桃の中から新しい命が誕生します。出産するわけです。桃が二つに割れて、中から神々しい新しい命が光を放ち、周りを明るく照らそうとしています。

その光景の下には次のように記されています。「新しい誕生、新しい命。日本と世界に愛と真実をもたらす」。そのようなメッセージが見えます。一方、桃の上の方には「2017ARI」。そのように記されています。

ライフシールの向かって右側には、ARIの発行物がいろいろ見えます。会報誌、単行本、テキストBOOK、CDなどです。その下には次のように記されています。「ONEの学びは命の糧」

ライフシールの左の位置には、ARIのイベントに集われ、共に学び合う、イベントの光景が見えます。その下には次のように記されています。「共に学び、励み合う。自分を育て、人を育ててあげる」

ライフシールの下の位置には、これまでに行われたヨハネ・リーディングの文章に起こされたファイルが見えます。 15,000件に及ぶ、これまでの行われたリーディングの膨大なファイルです。その光景の下には次のように記されています。「現代におけるホワイトブラザーフッドの働き、ONEの英知の金字塔」

ライフシールの上の位置には、天の世界が見えます。根源神様とイエス様の下に、ホワイトブラザーフッドのメンバーたちが集われています。仏教の仏様や菩薩様、神道の神々なども集われておいでです。その光景の下には次のように記されています。「天にあるが如く、地上においても平安がありますように」

ライフシールは円の形をしています。背景色は青です。2017年の色です。輪郭の色は特にありません。ライフシールのテーマは、2017ARI、育成、信頼、愛、助け合い、思いやり。

【質問2】日本の「和の精神」が世界にもたらされるように、神様のご助力をお祈り申し上げます。
「日本とアメリカ」のライフシールをお授けください。

【ソース】ライフシールの真ん中には、向かって左側にトランプ大統領、その右側に安倍首相が見えます。その光景の下には次のように記されています。「新しい日米関係をより良いものにしていく」

ライフシールの向かって右側には、日本列島が見えます。その上の方には日本の国旗が見えます。その光景の下には「和」の漢字、一文字が見えます。

ライフシールの左の位置には、アメリカ合衆国の地図が見えます。その上方には、アメリカ合衆国の国旗が見えます。下の方には次のように記されています。「開拓、創造、リセット」

ライフシールの下の位置には、契約の文書が見えます。その下には次のように記されています。「相互の信頼、尊重、協調」

ライフシールの上の位置には、キリスト様と日本の神々と、仏教の仏様たちや菩薩様たちが見えます。その光景の下には次のように記されています。「世界平和への責任、役割、確信」

ライフシールは円の形をしています。背景色は赤です。輪郭の色はグリーンです。ライフシールのテーマは、日米関係を大切にする。

【質問3】日本の「和の精神」が世界にもたらされるように、神様のご助力をお祈り申し上げます。
「日本とロシア」のライフシールをお授けください。

【ソース】ライフシールの真ん中には、向かって左側にプーチン大統領、向かって右側に安倍首相が見えます。その光景の下には次のように記されています。「日露関係を大切に」

ライフシールの向かって右側には、日本列島が見えます。その上方には日本の国旗が見えます。それらの光景の下には次のように記されています。「和」の漢字、一文字です。

ライフシールの左の位置には、ロシアの地図が見えます。その上方にはロシアの国旗が見えます。その下には次のように記されています。「大国の課題、役割、責任」。大国とは、もちろん大きな国の意味です。

ライフシールの下の位置には、契約文書が見えます。その下には次のように記されています。「日露の相互信頼、助け合い、協調」

ライフシールの上の位置には、ロシアの元にある霊性、また、ロシア正教会(ヨハネによる福音書の系統ですが)、そのようなギリシャ正教会のスピリットが見えます。また、日本の神々や仏教の霊的存在方も見えます。その光景の下には次のように記されています。「愛は一つ、地球は一つ、人類は一つ」

ライフシールは円の形をしています。背景色は青です。輪郭の色はイエローです。ライフシールのテーマは、日露の大切さ、可能性、学び。

【質問4】日本の「和の精神」が世界にもたらされるように、神様のご助力をお祈り申し上げます。
「日本と中国」のライフシールをお授けください。
常に神と共に、主と共にあるように。神の御心(みこころ)の通りになるように。全き服従をもって生きる事が出来るように。主イエス・キリスト様の聖名(みな)により感謝と祈りを御前(おまえ)にお捧げ申し上げます。アーメン。

【ソース】ライフシールの真ん中には、向かって左側に習主席、その右隣には安倍首相が見えます。その光景の下には次のように記されています。「日中の改善、調整、回復」

ライフシールの向かって右側には、日本列島が見えます。その上方には日本の国旗が見えます。それらの下には「和」いう漢字、一文字が見えます。

ライフシールの左の位置には、中国の地図が見えます。その上方には中国の国旗が見えます。その下には、「世界一の人口、課題、可能性、責任」、そのようなキーワードが見えます。

ライフシールの下の位置には、これまでの日本と中国との国同士の関わりの歴史が、パノラマのように見えます。アカシックレコードの一巻の巻物が開かれていて、その巻物に映し出されているのです。その巻物とは、これまでの日本と中国との関わりの長い歴史を記された記録の書です。

その下には次のように記されています。「互いに、相手に対して、責任と役割とするべき事がある、大切にし合おう」

ライフシールの上の位置には、中国の元にあるスピリットが見えます。道教、儒教、仏教などのスピリットが見えます。また一方、日本の神々、仏教系の霊的存在方も見えます。その下には次のように記されています。「人類はすべて同胞、兄弟姉妹。隣国(となりこく)を配慮し助け合い、共に実現する」

ライフシールは円の形をしています。背景色は赤です。輪郭の色はグリーンです。ライフシールのテーマは、良心の大切さ、平和を諦めない、できる事から行い、小さなことを大切に積み重ねていく。

以上が、日本と中国のライフシールです。

宇宙創造神の願いは、地球と人類が一つであることに目覚め、世界に神の国が実現することにあります。特定の系統の神の国というよりも、平等で公平な、あらゆる宗教の元にある、根源の神の御心の実現した世界のことです。

そのひな型は日本の「和の精神」にあります。日本は聖徳太子が和に気づき、和を明確に形として十七条憲法を作りました。日本は今後、世界に果たしていける役割があります。まず日本が、主な国々とより良い関係を結んでいくことです。また、世界平和の祈りを捧げ、各自できる事を自分の身の回りで行っていきましょう。

リーディングを終了します。

(ありがとうございました。)
<了>

2017年3月7日

2016年末から2017年に向けての政治状況について

2016.11.24 パーソナル・リーディング No.14927

【質問1】神さま、このリーディングのおめぐみを深く感謝申し上げます。アメリカの次期大統領にドナルド・トランプ氏が選出されました。フィリピンの大統領は、現在、ロドリゴ・ドゥテルテ氏です。韓国では朴槿恵氏が退陣を迫られています。ロシア、中国、北朝鮮、アラブ諸国との関係においてこれらの霊的意味をお話し下さい。神の御心であられる地球社会、地球家族、世界平和に向かって進んで行くようお守りお導きお力添え賜わりたく、何卒よろしくお願い申し上げます。

【ソース】一般には個人の観点で物事が捉えられ、論じられます。例えば「トランプ氏がどうだ」とか「朴槿恵大統領はどうだ」とか、「日本の安倍首相はどうだ」とかなどと言ったようにです。確かに具体的なそれぞれの人物の良さも問題もあることでしょう。しかし曲がりなりにも国の代表として選出され、主に政治の面で国の責任を担うようになって、国の動向を左右するようになるのですから、「その人物がどうである」という事を取り沙汰するよりも「なにゆえ今の時代、その国の総責任者がそのような人物になったのか」と、国の観点で見直す必要があります。それこそが霊的な意味を明らかにすることになります。

霊的な法則として次のような事があります。外界は内界の反映である。その時点のその人に応じたことが起きる。その時期のその国を表すような人物が自ずと選出され、トップに就任することとなる。このように見てくると就任された人物がどうかどうであるかということよりも、そのような人物が選出されるようなその時期の国の体質、内容、方向、目的であるということが明らかになってきます。そうでなければそのような人物が実際にトップに就くということにはならないのです。

その時代を反映するような人物がトップに就くことに自ずとなります。その人物を見れば、その時期のその国の内容や国民の願い、学ぶべき事、果たすべき事、役目が明らかになってきます。その時代のその国とトップとは繋がりがあり、釣り合っているものなのです。良くも悪くも、現在のアメリカ合衆国はトランプ大統領のような在り様になっているわけです。それがわかれば一概にトランプ氏がどうであると言うことは出来ません。

天皇陛下ばかりでなく首相や大統領などの実務上のトップのほうも、その時期の国を表すような象徴的な人物が自ずと就くようになります。国が変われば、就任するトップも自ずと変わるようになります。またその国ばかりでなく、今は以前とは異なり、国と国との関係が密接で国際化が特徴となってきています。

それゆえアメリカ合衆国ばかりでなく、他の国々との関わりにおいてもアメリカは影響を受け、世界の動向の一環としてアメリカも動くようになっています。今の時代状況の特徴は、ナショナリズムが活発化していることにあります。国際化が進む一方で、今、世界はそれぞれの国がナショナリズムを強化しつつあります。それがまた国と国との対立や争いを深刻化させる原因にもなっています。

例えば中国、北朝鮮、ロシア、イギリスなど、それぞれの国が自国を守り自国中心に動こうと国の力を強める方向に向かっています。それが周りの国々との緊張をもたらしています。世界的にナショナリズムが前面に出始めているため、自ずと日本も、そしてアメリカ合衆国も、ナショナリズムが傾向として強まりつつあるのです。

アメリカ合衆国において、ヒラリー氏とトランプ氏の一騎打ちとなりました。際どい接戦となり、トランプ氏が予想に反して逆転劇を演じ、大統領に選出されました。それだけ、今のアメリカは考え方が国民の間でも二分していて、アメリカの運命が大きく決する重要な岐路に立っていたのです。

ヒラリー氏は大まかに見ると、これまでのオバマ大統領と同様の国際的な関わりを大切にし、アメリカは世界の警察として責任を果たす面を担っていました。ヒラリー氏が半数近くの票を集めたのは、今でもアメリカ合衆国の国民の約半数が国際的な関わりを大切にし、「アメリカは世界の警察として地球を守り、管理する役目を担っていくべきだ」との考えがアメリカ合衆国の国民の半数近くを占めていることを表しています。

しかし、それを少し上回る国民が「世界に構っていられない。そのためにアメリカは弱体化してしまった。昔のような強い、元気なアメリカを取り戻したい」、そのような願いのほうが勝っていたことを表しています。その典型的な、また象徴的な現れが、トランプ氏が就任してまずTPPが事実上破綻したことです。アメリカは他国を構っておれず、自国を守り、自国を強化するナショナリズムの方向に舵取りをしました。

日本の安倍政権も以前の日本の平和主義とはやや異なり、日本国を強化する強気で積極的な姿勢を示しています。安倍政権が色々言われながらも圧倒的な支持を受け続けているのは、現在の日本国民の過半数が強気の安定した国を求め始めているからです。少し前までの受身的でおとなしく、平和最優先の日本ではなくなりつつあるのです。

太平洋戦争に敗戦し、それ以降の70年間近くは日本はアメリカの指導の下、核兵器を所有せず、自衛隊はあるものの、非戦を貫いてきました。しかし「それでは世界のさまざまな強気のナショナリズムに犯され、危ない」とみる国民が増えてきているのです。そのため強気の安倍氏が首相になり、未だに安倍政権が続いているという事は、日本国民はそのナショナリズムの強気の方向を望んでいることを表しています。アメリカ合衆国も他国に構っておらず、なりふり構わず、自分の国を強め、立て直そうというナショナリズムに向かい始めているのです。

このように他の国々の状況の影響を受けて、日本もアメリカ合衆国も動き始めているということです。今はそのような時代の在り方です。それを経て、ゆくゆくはバランスが図られ、調整がなされ、経験を通して教訓を学んで成長し、地球を一つの国とするような時代が訪れるようになることでしょう。すんなりはいかず、身をもって学習していくプロセスが必要だということです。人間は基本的に経験をしてこそ学習でき、身につき、成長し、改善され、世の中もその分良くなり、安定していくということがあるのです。

【質問2】天皇陛下が生前退位を希望なさっておられます。一般人の基準に照らし合わせると、現在のご公務はご負担が大きすぎますが、諸事情により、すんなりはご希望通りにならないようです。天皇家のカルマが癒され清められ、ご一家の皆さまのうえにも神のお祝福が注がれますようお祈り申し上げます。

【ソース】以前とは異なり、天皇よりも首相を基とする政界のほうが力を持つようになってきています。天皇は日本国民の象徴として憧れられ、敬われ、慕われ、大切にされていますが、国を実際に動かし、また方向や内容を決定し運営するのは、総理大臣とその下にある政界に委ねられるようになりました。そのことが今回の天皇退位の件で明らかになりつつあります。

明治時代から太平洋戦争までは天皇が国の実権をも握り、それには強いものがありました。しかし今は天皇は名目上で、権力は与えられておらず大切にされてはいますが、国の権力とは質を異にする象徴的な存在となっているのです。そのため天皇自身に関する事すら、自分の願うようにはならなくなってきています。

日本の歴史を見ると、今のような在り方は全くなかったわけではなくても、例外的な在り様です。それが良いか悪いかは今は何とも言えません。ただこれまでの国の経緯や現在の状況と事情からして、またカルマ的な過去の事も影響し、現在のような内容と形になってきていることは言えます。それを踏まえ、これから調整がなされていくことが求められているところです。

今は、物の力がどの方面においても強まってきていることが特徴です。科学も学問も常識も人間の生き方も、物の次元が主流になっています。それが政治にも現れ、天皇の権力はほとんどなきに等しいものになりつつあります。権威はあっても、この世の権力はなくなってきています。このような双方の対照的な流れのきしみの、また歪みの典型的な現れが「お気持ち表明」となって現れたのです。

今、皇室と政界との間でそのような軋轢があります。それが熊本の地震やさまざまな水害など、天変地異をも引き起こしている面もあるのです。日本の国のカルマです。それが浄化され、次の日本の在り方がより良い形で神のお心に沿って作られるよう、よく祈ってください。

【質問3】12月にロシアのプーチン大統領と安倍首相が山口県で会談する予定です。両国にとって懸案となっている北方領土問題が解決に向かえるよう願います。日本はインドと原子力協定を結びました。また、国連での「核兵器禁止決議」に、日本は反対票を投じました。複雑な国際情勢の中にあって世界平和の牽引役を日本が担えるようお導きをお願い申し上げます。

ソース:過去があって現在があり、現在の思いと意思決定と行い方が未来を作り、規定する。これがカルマです。カルマというのは、時の流れの中で人々が思い、意思決定し、方向づけ、行うことで未来が規定され、それ相応に作られていく事なのです。カルマは一個人にあるばかりでなく、会社、諸団体、地域、国家、民族、さらには宗教、世界、人類、地球などにも作られていく法則です。日本には日本のカルマがあるし、広くは人類や地球という大きな単位にもカルマがあります。ロシアはロシアのカルマがあります。または日本とロシアとの間にもカルマはあります。カルマは土地や場所などとも絡み合って動きます。

カルマというのはわかりやすく言うと、これまでの歴史であり、経緯です。過去の出来事や体験です。そういったものを個人も、組織も、国家も、民族も引きずっているのが人間です。

日本とロシアの間のこれまでの関わりを見れば、日本とロシアのカルマや課題、また良さや可能性というものも見えてきます。そういったカルマが両国の間で自覚され、清算され、それぞれが過去から教訓を学んで成長し、改善し相手を思う広い大きな、自分から自由な心が出てくれば、過去のカルマが解消し、より良い調和的な協力の関係が出来てくることでしょう。そのことをよく祈ってください。そして神様にお委ねすることです。それによって公正なバランスの良い北方領土問題の解決に至ることでしょう。


【質問4】小池百合子氏が東京都知事に就任してから100日以上になりましたが、これまでの東京都に潜んでいた膿が一気に出され、落ち着き所を求めている現状のようです。ひと握りの人達が利権を得るのではなく、「都民ファースト」の理想が実現し、東京都が世界の都市の模範になれますようお祈り申し上げます。

常に神と共に主と共にあるように。神の御心の通りになるように。全き服従をもって生きる事が出来るように。アーメン。

【ソース】東京都は東京都としてのカルマがあります。歴史のあるところにカルマがあるからです。カルマといっても悪いものや問題なもの、課題ばかりではありません。カルマには善業もあるからです。

または問題のあるカルマの場合にせよ、神が関与され、それを学びの機会や改善の機会、また償いの機会として下さります。人間は失敗や苦しみからのほうがより多くを学んで改善し、成長を遂げられるからです。その意味では悪業ですら、糧になってきます。その意味でカルマを大切にすれば、人間は歴史から教訓を学んで成長を遂げ、より良くなっていけるのです。

人間に失敗や過失はつきものです。わざわざ失敗するような事や悪い事をすることは好ましくありませんが、良かれと思って行っても自分が不完全なゆえ、どうしても失敗や過失がつきものです。そこで許すということが互いに必要となってきます。そして行うことで学ばせられ、改善し、カルマが果たされ、それが次の教訓として活かされ、こうして次第に学習し、うまく行き、より良くなっていくのが人間の歩みです。

東京都としてもこれまで長い間、そのような歩みをしてきたことでしょう。そして今の時代を表し、また期待された小池氏が女性としての東京都の知事として選出されたのです。都民の願いと期待が小池氏のような人を都知事に選出し、実現させたわけです。東京都民の気持ちを反映し、その都民の代行として、これまでの問題や課題を表面化させ、それらを処理解消することに挑み始めています。

東京オリンピックも近づいています。それへの備えと浄化のためにもそのことが適い、相応しい小池氏が都知事に就任したのです。皆で選出したからにはよく応援し、より良く行われていくように見守り、働きかけていくようにしてください。それによって同じ人物でもより良い形でその大役を果たし、東京都はより良く生まれ変わっていくことが叶うことでしょう。選んだ側にも責任と務めと役目があるのです。都民の側にも。

リーディングを終了します。

(ありがとうございました。)〈了〉

2016年10月11日

日本は成長しているのでしょうか?

2016.7.10 パーソナル・リーディング No.14743

【質問1】神さま、このリーディングのおめぐみを深く感謝申し上げます。本日は参議員選挙投票日です。今回から18歳から投票できることになりましたが、日本人は成長しているでしょうか?与えられた一票を無駄にせず、素晴らしい日本を創り上げて行ける一助を担ってほしいと願います。本日の選挙結果が神さまのみ心に適ったものとなり、日本がONEの国家として世界に貢献して行けますよう、自然に根ざした科学技術の発展と平和がもたらされるよう祈願致します。

【ソース】日本人は紆余曲折を経ながらも、少しずつ少しずつ成長しつつあります。その一つの現れとして、選挙する側の人たちも20歳から18歳に繰り下げられることが実現したのです。この世の動きは、偶然でも非合理でもありません。直接には人々が思ったり行ったりして、作り上げてきているものです。同時にそこに神さまが関与してくださり、人々がいろいろと思ってそして行うことで作りつつある現実を、より良い方へと導くべく働き掛けてくださっている動きでもあるのです。

人間が作り出してきている動きだと言う面では、人間が未だ不完全である以上、現実の動きや状況も不完全で課題もあります。しかし同じ現実の動きには別の側面もあり、一番の元では神さまが関与して不完全な人間がいろいろと作り上げてきている、そういう現実に関与して、そういうものすら学びとさせ、そういう事を通しても大事なことに気づいて、より良くなっていくように導き育ててくださっている。それがまた現実の動きでもあります。人間が作り出していると言う意味では、現実の動きや状況は不完全なのですが、神さまが関与してより良く図らってくださっていると言う意味では、その同じ現実が完璧でもあるわけです。法則も公正に働いています。

いずれにしても現実の動きというのは、偶然ではなく、法則に沿って公正に動いていますので、責任を果たすべく、安心して現実を受け止め、その時のベストを尽くして誠実に対応していけばよいのです。また一番の元で神さまが作り出している現実ですから、人間の側でも神さまと一緒に現実を作り出そうという心づもりで、つまり自分だけで行おうとしないで、祈りながら神さまのお心を感じつつ、「神さまならどのようにするのだろう?またどのように自分たちがするのを神さまは望んでおられるのだろう?」そういう観点で見ながら、祈りつつ神さまのご助力を頂いて、現実に対応していくならば、神さまもやりやすくなります。

人間の側で神さまの思いを考慮し神さまの協力を仰ぎながら行おうとする意向が、人間の中に出てくれば、神さまもやりがいがあるし、やりやすくなります。人間はそのようにするとよいのです。それでも人間は不完全ですが、そこで諦めずにそのような心がけで取り組めば、確かに成長しやすく、神さまと次第に一致してきて、着実に成果が上がり世の中が良くなっていきます。

小さなことを軽んぜず、小さなことの積み重ねを大切にして取り組んでいってください。小さな思い、小さな行い、それぞれがチリも積もれば山となるの例えの通り、小さいものを大切にして、着実に積み重ねていくことで、大きなうねりさえより良い方に変えていくことができるのです。「自分がこのぐらい思ったって、自分がこのぐらいしたって」と、そのように軽んじて諦めてはいけません。

それがちょうど選挙において一人に対し、一票しか与えられていないことに象徴化されています。「自分が一票入れたって入れなくたって、大きな全体に影響を及ぼせないからやめよう」、それでは全体の流れすら変えられません。それぞれがその時点の出来る限りを果たす。それが人間の心がけです。一番の元で神さまが「世の中が良くなるように」ということで、人間に関与し、育て導かれているのが世の中の動きなのです。

一人の人の一生の中でいろいろ経験して学んで成長を遂げるように、本人も努力しているし、神さまがそのように関わってくださっています。そのお蔭で一生の間で成長します。さらに輪廻転生という複数の生涯の中では、もっと一人の人は成長していきます。上がったり下がったり上がったり下がったりしながらも、大筋としては成長していきます。本人も成長したいという願いがあるし、神さまがそのように関わってくださっているお蔭です。

それに一人ひとりの個人の集合体としての日本国民、あるいは日本民族としても上がったり下がったり、いろいろ経ながらも神さまのお蔭と、人間の努力の賜物とで成長しつつあります。そのことをたとえどのような動きが現実にあっても疑わず、良くなることを諦めず、祈りつつ、これからもその時点の自分のベストを尽くしましょう。

現実の動きはその時点のその人や、その人たちの内面の現れです。その時点の内面に応じた現実の動きや状況となります。今の日本人の内面性の現れが、現実にいろんな変化をもたらしつつあるのです。そこに神さまが関与して、より良く計らって今のようになってきています。東京の都知事選にしても東京都民の思いの変化や必要性が、結果として都知事を変えさせ、これからにふさわしい人を選出するように動いてきているのです。法則は完璧です。法則を作り、法則を動かしているのが神さまで、神さまは完璧だからです。

【質問2】熊本地震、集中豪雨。九州には、太平洋戦争時、特攻隊として命を落とさなければならなかった方々の無念の想いが残っていることでしょう。71年後、アメリカのオバマ大統領が広島を訪れ、戦没者への鎮魂の祈りを捧げ、世界平和への努力を訴えました。多くの課題山積の現状を諦めず、投げ出さず、神のみ心に適う方向へと前進していけるようお守りお導きお力添え賜りたく、何卒よろしくお願い申し上げます。

【ソース】この現代は科学技術や学問が急速に発展を遂げ、確かにそのお蔭で世の中は便利で快適で、過ごしやすくなりました。人間の寿命も伸び、昔とは比べものにならないくらい、生きやすくなりました。でもその一方で昔にはない問題やストレスも増えてきて、未だに体の病はいろいろと大変なものがあります。また心の病の人も増えつつあります。また犯罪などは、ある意味で昔よりも悪化してきています。

科学技術や学問が発展してきていること自体は認めるし、またそれは必要なことなのですが、それだけですべてが良くなり、それだけですべてが補われていくと言うほど事は単純ではなさそうです。それは現実を見れば明らかです。これからも科学技術や学問を関わる人たちは追求するべきですが、そればかりでなく、そういった方向から漏れ落ちる重要な真実や大切なことにも気づいて、それらを掬い取り、積極的に出していくことが必要なのです。

例えばリーディングの先駆者のエドガーケイシーは、今から140年ほど前、アメリカ合衆国に生まれ、科学技術や学問が始まった頃、そういった科学技術や学問では叶わない側面、またそういう方向では漏れ落ちる重要で役立つものを、太古の英知の一部としてリーディングで提供しました。それが今、自然療法や代替療法、あるいは輪廻転生やカルマの観点からの人間の深い洞察と救いをもたらす道を切り開きました。その流れの中でさらにこの現代の日本を中心に、今以降の時代に必要なものを、ケイシーの流れを踏まえ、ケイシーの頃よりさらに科学技術や学問が急激に進んできている現状に合わせて、太古の英知をさらに出していく必要が出てきました。それでホワイトブラザーフッドからヨハネが転生してくる必要があったのです。ケイシー自身もそれは予測しています。

その時代、その地域に必要なものが現れるように神が図らわれるからです。天のご計画に従って現実が動いている何よりの証拠です。現代には現代に必要なものが出ます。現代の科学技術や学問では十分ではない、別の大切なものを拾い上げて世の中に提供する必要があります。それで初めてバランスが取れて人々も道からそれずに済むし、世の中が悪化し続けることがなくて済むからです。現代の科学技術や学問とそれを基にする人々の常識、そういうものからして思いもよらないような真実や対応策があるのです。例えば土地の影響。現在の科学技術や学問からすると、全く気づかずまた思いもよらないようなことが、まだいっぱいあるのです。そういうことをリーディングでは明らかにしつつあります。

一般には偶然と片付けられたり、非科学的で迷信で馬鹿げていると見られる説明が、あるいはやり方が、そのように軽んじられ片付けられるようなものの中に、本当で大切なものがあるのです。確かに単なるこじつけとか迷信の部類も、世の中には多くありますが、そのように見えても実は本当のものもその中に混じっているということ。しかし科学の観点からは一緒くたにして、馬鹿げていると片付けられがちです。

例えば、熊本に地震があった。その直後に熊本を含めて九州に集中豪雨が襲ってきた。これは現代の科学や学問からすると単なる偶然に過ぎず、両者に関連性は認めません。ですが、太古の英知、昔からの本当の智恵からすると関連していることなのです。またそのような時期に、ようやくアメリカ大統領が広島入りを果たし、平和に向けての演説をすることが、今になって実現した。これも偶然ではないのです。一見すると今の科学や学問からすると、迷信だとかこじつけだとか、意味がないとか馬鹿げているとか、今の科学の時代に何をなどと言われますが、今の科学や学問では解明されていない、別の真理や方法があるのです。

そういうものを出していくことが、リーディングの役目です。さらに現代の科学や学問と太古からの智恵をつなげるのもリーディングの役目です。そうしないと現代の科学や学問だけですと、反れていってしまい、世の中が悪化してダメになってしまいます。それをバランス化させ、そういう流れでは漏れ落ちる、別の真理を救いとって補うということが必要なのです。

【質問3】イギリスがEU離脱を国民投票により決定しました。「ポピュリズム」の危うさを一部の知識人は警告しています。各国の利害関係を根底に抱え、移民問題がそれを表出させました。それでもEUがONE に向かう事は、神さまのみ心であるのでしょう。人類はこれまでもその努力を怠ることなく、今日を創り上げて来ました。神さま、どうか今後ともお守りお導きお助け下さいますよう何卒、よろしくお願い申し上げます。

【ソース】現実の動きは、偶然でも非合理でもなく、その時点の内面の顕れです。また神がそこに関与され、必要な学びを与えバランスを図ろうとする動きにもなっているのが現実です。神さまが関与して現実の動きを、意思表示として顕してくださっている、その意味で現実の動きは「メッセージ」です。現実の動きには心があるのです。また自然や生き物たちの思いをも顕しています。しかしこういう捉え方や解釈は、現代の科学や学問からすると馬鹿げていると片付けられ、軽んじられています。そのように片付けられるのは実は非常に危険なのです。そういう科学と言うのは、ある意味で「悪魔的」なのです。

それゆえいろいろと思わぬ事態や問題を発生させています。そういう、冷たくて唯物的なあるいは機械的な科学や学問が、ある意味でその一方にテロを引き起こして、それを受けざるを得ない事態を招いているのです。ある意味で勝ち組とか支配者になっている人たちには、その全部とは言えなくても悪魔的なものが潜んでいるのです。そういう人たちが悪魔という意味ではなく、悪魔的な要因がそういう人たちの中に一部、知らず知らず入り込んでいると言うこと。そういうものに気づいて、良い方に向けていくことがリーディングの役目です。

ヨハネの黙示録も、そういう観点で書かれています。イギリスがEUから離脱したのも、ヨーロッパの内面の現れです。それがメッセージにもなっています。ヨーロッパは、もともと歴史を見て明らかになように、一体ではなく複合体です。モザイクのように、いろいろな要因を含んでいます。特にイギリスはプライドも高く、かつて大英帝国が栄えたように、EUの一部として収まることができないものがありました。イギリス自体にもカルマや課題がありました。それが今様々な形で現れ出て、EUの許容範囲を破り、離脱する結果が出たのです。それでもEUには依然として可能性と役目があります。いろいろな曲折を経て、EUも教訓を学びながら歩んでいくし、歩んでいく必要があるのです。

大事なことは、現代の科学技術や学問を否定することではなくそれが全てでは無いことに気づいて、それによって漏れ落ちる重要な側面を掬い採って、バランスを図ること。リーディングが語る別の真実に耳を傾け、それらにも考慮して生きていくこと、それと祈ること、この2点です。そのためにリーディングの流れが、天の世界から地上に顕れ出てきているのです。 天のご計画と思いが、地上にも「リーディング」と言う一つの具体的な形をとって顕れ出ています。天にあるごとくこの地上においてもありますように。その一つの具体的な現れです。そういうものに気づいて、それを求めている人がリーディングに引き寄せられます。「類は友を呼ぶ」の法則です。

【質問4】支配者と被支配者。勝ち組と負け組。頭が良く、能力のある人は支配者となり勝ち組になります。支配され、虐げられる立場に置かれてしまう人々はどこをどう間違えたのでしょうか?一番最初に生命体としてスタートした時には、同じ状態だったと思うのですが、心は、魂は、個性は、どう形成され、信仰の有無はどう決まり、救いの差は何が原因なのでしょうか?一人ひとりが神に愛され神を愛して、与えられた命を全うできるよう、お守りお導きお力添え賜りたく、何卒よろしくお願い申し上げます。常に神と共に主と共にあるように。神のみ心の通りになるように。全き服従を持って生きることが出来るように。ア―メン。

ソース:今は民主主義の世の中です。もちろん民主主義の良いところもいっぱいあるのですが、万能ではありません。弊害も、また危険性も孕んでいます。民主主義は自由と平等の元で成り立ちます。それは良い事ではあるのですが、競争を激化させます。そうすると強い者や要領の良い者、またそういうことに向いている能力の長けている者が、いじめのような形でのし上がって勝ち組になります。ある意味で要領が良くて強い、またそういうことに向いた能力の高い人が勝ち組になって世の中を動かします。そうするとそういう事に向いていない人や、優しくて敏感な人は、また別の能力を持っている人は、負け組になり、活かされなかったり癒されなかったり、報われなかったりします。

そうするとそういう人たちは、時には犯罪とか犯罪までいかなくても、世の中のためにならないようなものを出します。また善良な人たちは報われず、癒されないものを持ちます。それが、今の日本の実状の説明になっているはずです。そういう様相を呈しています。と言って反社会的になることが必要だと言うことではなく、修正が一部必要だと言う意味です。補うと言いますか。

ヨハネの黙示録も今説明されたような観点で、書かれているのです。それゆえできるだけ善良で、ユニークな才能を持っている人が発掘され、活躍し、社会を良くしていくような動きが必要になってきます。そういう方向で語られているのがリーディングなのです。そういう人たちを発掘し救済し、それによって世の中を良くする働きを推進して行くというのが、天の働きであり、それがリーディングによって行われているのです。今の世の中の全部が間違っていて危険だと言うことではなく、偏向性にバランスを取ったり補うことが必要だと言うことです。全体性の回復へ向けて。そのための動きが、ARIやリーディングの働きです。それが天の働きなのです。

何より、ヨハネ自身が象徴的にそのような報われないつらい人生を歩んできている典型なのです。今の世の中の流れに乗りきれず、典型的な負け組になった。でもそこで社会を恨んで、反社会的になったと言うのではなく、今の世の中の問題を痛感して、それを補い緩和させるような動きをし始めている。ヨハネのこれまでの人生に、今の世の中の問題やまたそれに対してどう捉え、応じることが必要かと言うことが、象徴的に示されていることに気づきましょう。またそれと似たような歩みをして来ている人が、ARIに引き寄せられてきていることにも気づきましょう。親鸞とその周りの人たちも同様でした。

そういう方向で一人ひとりが自覚すれば、優しく調和的な、より良い働きをしていけます。一人ひとりその観点で自分を見直し、より肯定的で調和的で優しい自分の振り向け方をしていってください。基本的に一人ひとりの想いと行いが、これまでの自分や自分の周りの状況を作って来ています。その意味で現状には自分に責任と役目と学びがあります。誰の場合でも。個性の違いも、救われるかどうかの差も、信仰の有る無しも、各人に責任と学びがあるのです。

神さまはそれぞれを違った形で創ってくださりました。それぞれバラエティに富んだ個性になっています。その上で一人ひとりに自由意志を与えて、自分の責任で自分を作ってそれを受けていく、つまり体験していくように計らわれました。信仰の有る無しも、救われるかどうかの差も、体験していくことも、一人ひとり各自に責任があるのです。偶然でも不公平でもありません。神さまのせいでもありません。ただ世の中がより良い方に行き、一人ひとりが報われ、健全でバランスの取れた、明るい、住みやすい世の中ができるように努力することは、人間の側に必要なことです。人間には自由意志が与えられ、現状には人間の側に責任があるからです。

神さまのご協力を仰ぎながら、現状に責任を持って、誠実に対応していってください。そうすればやればやっただけのことがあります。それがカルマの法則です。全ては報われていきます。善も悪も。カルマは、愛と正義の法則だからです。すぐに救われなくても、またすぐに信仰ができなくても、常に希望があります。そのために生かされ続け、機会が与えられていきます。輪廻転生していると言うことです。そこには神の愛と人間の希望があります。 
 
リーディングを終了します。
(ありがとうございました。)
<了>

2016年6月10日

チャクラの内容と開発法

2016.4.12 リサーチ・リーディング No.14628

【質問】チャクラとは何ですか。どのようにしたら開発されるのですか。その際、大事なこと、留意点はどのようなことでしょうか。お教えください。

【ソース】チャクラはインドで発見されました。インドの哲学と宗教の中においてです。内観と瞑想を行っている中で、チャクラの存在に気づきました。瞑想、特にヨーガの実習において、チャクラの存在に気づかせられたのです。インドの哲学は宗教や医学と分かちがたく結ばれています。それゆえチャクラは医学や宗教とも深く関連しているものとなっています。

「チャクラ」はインドのサンスクリット語で「光の車輪」の意味です。人間は一つの生命体であり、生命エネルギーの渦を成しています。その際、一つの生命体の中に七つの生命エネルギーの渦を持っています。それによって一つの生命体として成り立って、生きていられます。その生命エネルギーの元は命の本源であられる神です。呼吸によって七つの生命エネルギーの渦が、神さまの生命エネルギーを頂いて活性化し生きていけるばかりでなく、進化し、ついには神に還り、神と一つとなることができます。そのことが人間一人ひとりに求められています。

インドの場合はヨーガを通してそれが目指されていました。そのためヨーガの教典である『ヨーガ・スートラ』の中にチャクラのことが出てくるのです。「チャクラ」という生命エネルギーの渦の根源は神にありますが、人間自身の内部ではクンダリニーのエネルギーがそれに相当します。「クンダリニー」のエネルギーは人の生命体の生命エネルギーの元であり、それは性的なものが主となっています。それは「シャクティー」と呼ばれます。人間は性的なエネルギーによって子孫を儲けるばかりでなく、性的なエネルギーが生命エネルギーの元になっているのです。

七つのチャクラは七つの生命エネルギーのセンターであり、それが低い形で出ると食欲、性欲、情欲、支配欲など、利己的俗世的なものとして使われてしまいます。そのようにしてしまうと退化してしまい、生命エネルギーが浪費されます。そうなる代わりに、気高いほうや利他的な愛に与えられた生命エネルギーを向けることで清まり、昇華、進化し、生命エネルギーがより良い方向で活用されるようになるのです。生命力をそのように振り向けることが大事です。与えられた生命エネルギーを俗世的な下方に向けて浪費させてしまうか、そうではなく上方に向けて活用し、進化に導くか、そのいずれかです。

生命エネルギーを無駄遣いしたり悪用するのでなく、善用し、活用する。それによって進化していき、チャクラが開発され、生命エネルギーが遺憾なく発揮されていきます。俗世的肉欲的な、あるいは利己的なほうに、つまり欲望に生命エネルギーを使うと、チャクラ本来の良き性質や良き能力が出ません。そのため昔からどの宗教でも、欲望を抑制し、生命エネルギーを良いほうに振り向けようとしてきているのです。真言密教はその典型です。

思いも言葉も実際の行いも清め、育み、本当の愛のほうへ向けて活用すること。自分や人を損ねるようなことを思ったり、語ったり、行ったりしないこと。自分のためにも人のためにも自然の命のためにもなるようなことを思ったり、イメージしたり、意図したり、語ったり、実際に行ったりするように心がけること。生命力、能力、機会を悪業に向けるとチャクラにカルマが生じ、自らの生命体を損ね、周りにも悪影響を及ぼし、それがいずれ自分に返ってきてダメージを自らに与えることになります。自分をも人をも損ねることになります。チャクラにある生命エネルギーをそのように使ってはなりません。自分のためにも人のためにもなりません。そのようにするとチャクラの持つ良き特性や能力が発揮されず、本来の使命を果たせません。チャクラが開発しようがないのです。

本当の意味で自分を大切に生きるべきです。そのためには生命体の中の七つの生命エネルギーを、欲望とか野心とかエゴに使うのではなく、また単に浪費するのではなく、良きことのために生命エネルギーを活用していくのです。思いも言葉も行いも清め、自分をも人をも育み、助けるようなことを思ったり語ったり行うことで、チャクラの生命エネルギーが活かされ、清まり、育まれ、本来の良き性質と能力と働きを発揮するようになっていきます。そうするとチャクラにあるカルマが清まり、育まれ、生命体として整い、浄化され、育成され、より良い生命体のありようが出来てきます。自分という生命体を清めること、育むこと。そして良き目的に向けて活用すること。その中でチャクラが本来の働きを発揮して、開発されます。

人間という生命体は肉体と心と魂から出来ています。チャクラは肉体の次元にも心の次元にも魂の次元にもあります。その意味で21個のチャクラがあるということになります。肉体に七つのチャクラ、心に七つのチャクラ、魂に七つのチャクラです。このように三次元で分けることもできますが、もう少し細かく見ると四次元になっています。そうすると28個のチャクラがあるということになります。

『ヨハネの黙示録』において「七つの手紙」「七つの封印」「七つのラッパ」「七つの怒りの鉢」。このように7×4で四段階に分けての生命体の浄化と試みと育成が報告されているのです。段階を経て周期的に、七つのチャクラがそれぞれ試みに遭いながらカルマが顕れ出て浄化され、鍛えられ育成され、神に育て導かれていくのです。そのように七つのチャクラが四段階を経てそれぞれのイニシエーションを通過していき、それがうまくいくと「新天新地」が実現します。「新しい心と新しい肉体」です。世界的つまりマクロで見れば、「神の国が霊界にも地上にも実現する」ということになります。

「霊界と顕界に霊的進化と調和がもたらされ、地上にも神の国が実現しますように」そのような祈りと共に、まずミクロの個人個人が自分の心と体を清め、育成していくことで完成へと近づいていきます。人間完成です。そしてそのようにミクロで完成した人たちが増えてくると、その結果社会も良くなり、社会完成すなわち理想社会の実現に至ります。『ヨハネの黙示録』では14万4千人という数で象徴されるほどの人たちがこのようなことに気づいて、人生修行を経ながら自己完成していくこと。そして、それが優勢となれば、社会も完成することが約束されています。その鍵はチャクラにあります。

肉体にも心にも魂にもチャクラがあるということですが、「心はアストラル体」「魂はカラーナ体」と表現することもできます。本来はカラーナである魂にチャクラはあります。それが心すなわちアストラル次元においても反映し、アストラル体にも七つのチャクラがあります。さらにはそれが肉体にも反映し、肉体レベルでも七つのチャクラに相当するものがあります。肉体にあるチャクラに相当するものとは、自律神経が司る内分泌腺です。チャクラの働きは内分泌腺から分泌されるホルモンに現れてきます。

わかりやすく大雑把に言うと、「チャクラとは心のこと」です。厳密には「チャクラとは魂のこと」です。それゆえ「チャクラを開発する」とは「心を開発する」こと、厳密には「魂を開発する」ことです。「チャクラを清める」とは「心を清める」こと。大事なのは心を清め、心を育て、心を活用することで、心を開発することです。「チャクラを覚醒させる」とは、「魂を目覚めさせる」ことです。「チャクラを開く」というのは、「心を開く」ことです。「チャクラ」という特殊用語に惑わされてはいけません。チャクラは外から技術的物理的に働きかけて清めたり開くものではなく、本人が自らのカルマである思いと言葉と行いを清めることを決め、それを日々心がけることによって着々と実現していくことなのです。

例えば、ほかの人がある人に手かざしをしてエネルギーを送ったからといって、その人のチャクラが開いたり清まるほど単純ではありません。あくまで本人自身の命の営みによることです。しかも奥深いところによるものです。本人が自ら自分を清め、育て、活用して他者のために生きることを日々心がけてこそ、芯から生命体が清まり、チャクラが浄化され、心を育成するように心がけることでチャクラが育成され、周りに自らの心を開くことで、チャクラも本当に開くのです。「素直で無邪気で思いやりに満ちた心」、それは主が「幼子」と表現したあり方です。そのようなあり方になることで、チャクラが清まり、そして愛と思いやりを大切にすることで心が育成され、良きことのために与えられた生命エネルギーを使っていくことで、チャクラが開発されていくのです。その時、チャクラ本来の持つ良き性質と良き能力が発揮されるようになります。

ほとんどの人たちは与えられた生命エネルギーを利己的な目的とか、食欲とか、情欲とか、野心とか、出世とか、この世的な快楽などに生命エネルギーを浪費しているため、悪業を作り、チャクラを濁しています。それによって生命体が濁っていて、チャクラ本来の良き機能が発揮されていません。もったいないことです。与えられた生命エネルギーを良いほうに振り向け、本当の意味で自分のためにも人のためにもなることに生命エネルギーを活用していくことです。そのようにすることでチャクラ本来の良き性質と良き働きが発揮され、開発されていくようになるのです。そのことに日々取り組むことが本当の修行です。

在家の者としては普通の生活を営みながら、つまり家庭と世間の職業を持ちながら、一般社会の場で以上のことを心がけて生きていくことです。もともとこの世もあの世も神の世界であり、一人ひとりが神の子で神から愛されているがゆえに、神さまが一人ひとりを思って、良くなるように働きかけてくださっておいでです。本人の作ってきたカルマを使って神が試し、鍛え上げ、育て導いてくださっているのが現実の動きにほかなりません。それゆえ、在家の身として置かれた状況で自分がするべきことを超作(ちょうさく)の心がけで取り組んでさえいれば、ちゃんと神さまのお計らいで清まり、育て導かれるように、現実はなっているのです。神さまはそのように意図され、現実を動かしてくださっています。それゆえ自分のほうとしてもそのことに気づき、自分としてもその心がけで取り組んでいくことで、神の御業に自主参加し、そのことが着々と促進され、成し遂げられていくようになるものです。

「チャクラは心のことであり、厳密には魂のことである。それゆえチャクラを開発するとは心を育て開発すること。さらには魂を育て目覚めさせることである」。このように説明しました。心に七つの側面があるので、チャクラは七つあるのです。心は一つですが、一つの心の中に七つの側面、七つの働きがあるのです。そのためチャクラも七つ備わっているのです。一つの生命体に七つの生命エネルギーの渦があって、それぞれの役割を果たして一つの生命体として成り立って生きていられます。それゆえ心の主な七つの働き七つの側面を、それぞれ自分で自覚して清め、育て、それぞれの側面を活用、善用していけば、それに相当するそれぞれのチャクラも清まり、育まれ、発揮されていき、生命体として整い、レベルアップしてきます。

自分という生命体を清め、育み、きれいでより良いありようの生命体にしつらえていきましょう。死後はそれに見合う霊界に入ります。自分の思いと目標をより気高いほうへ向けるのです。自分の心がけと方向づけ次第で、自分という生命体の中味やありようが決まってきます。それが本当の意味で自分を大切にする、納得のいく生き方となります。「内界は外界の反映」です。それゆえ自分の生命体の実質やありようや意図に応じた周りの状況や出来事、動きに自ずとなっています。人生は自分次第なのです。悔いのない納得のいく生き方をしましょう。

そのためには自分の思いと言葉と行いを清め、与えられた生命エネルギーを良きことのために活用し、自分を育てていくことに取り組むのです。周りを思いやり周りの助けになるように、自分の生命エネルギーを使っていくのです。そうすると自分の中のチャクラにたまっていたカルマが果たされ、そのチャクラの部分が清まって、カルマが浄化されて生命体がより良いありようになってきます。健康で美しく、良き性質と能力を持つ生命体にしつらえられていきます。それがどの程度成されたかに応じた生命体のありようであの世に移行して、生命体のありように応じた霊界に身を置くことになるのです。それは死を待つまでもなく生きているうちに、自分の置かれる状況や与えられる役目が規定されます。

心には七つの働きと側面があるので、自分の主だった心の働きや側面がどういう状態やあり方やレベルになっているのかを見ていってください。そして心のそれぞれの働きを清め、調整し、より良いものとしていってください。それによって体も心も健全で明るく、健康になってきます。さらには自分らしいありようが出来てきます。自らを整え、清め、育て、社会のため人のために活用していってください。悪用せず善用していくのです。善意の心を持つことが大事です。悪意ではなく善意で物事や人や自分を捉え、善意を基に生きていくのです。そうすれば自浄作用が働き、自らが清まり、周りのためにもなり、環境も良くなり、問題も解決し、カルマも浄化されていきます。気持ち良く心穏やかに、身も心も健康で健全に、明るい心で生きていけます。そのように自分にもさせてあげてください。チャクラはそのために多くのことを教え、与えてくれることでしょう。

七つの光の車輪が回転し、光の本源へといざなわれていくのです。生命体は清まり、発揮されると、光として捉えられます。それゆえ光の車輪がチャクラなのです。生命エネルギーの渦が生命の生きた証であり、それが光の車輪として捉えられるからです。自分という生命体を清め、調整し、育み、良きことのために使っていきましょう。カルマが浄化され、生命体が良くなり、それに応じて周りも良くなっていくことでしょう。こうして社会も清まり、理想社会が地上にも実現します。
リーディングを終了します。

 (ありがとうございました)

〈了〉

2016年5月5日

2016年のライフシールをお授けください

2016.2.4 パーソナル・リーディング No.14557

【質問1】神さま、このリーディングのおめぐみを深く感謝申し上げます。本日、立春の日に、私の301回目のリーディングを受けさせて頂けます事を心より御礼申し上げます。
「2016年ARI」のライフシールをお授けください。洋子夫人の手術が、お導きとご加護、お力添えを頂く中で無事終わり、ARIの金剛界が新たな展開となり、み心に適う方向に導かれますよう、お祈り申し上げます。先生ご一家、ご縁ある皆様のうえに、お祝福を賜わりたく、よろしくお願い申し上げます。

【ソース】ライフシールの真ん中には、階段状のピラミッドの形をした、ARIのマークが見えます。月刊インターフェイスの後ろ側に表示されているARIのシンボル図です。セブンテラス瞑想と同じです。7つの階段があり、ピラミッド状を成し、頂上のところに、太陽のような、まん丸い白い御光が輝いています。

これは生命進化の7段階を表しています。一人一人が、広くは世界人類全てが、生命進化の7段階を経ていくことを表しています。それによって、神の御心であられる地球社会が、世界全体に訪れることがARIの目標になっています。一人一人がその事に取り組むのがARIでの学びの目的です。一人一人が自分を育て、自分を活かして、地球社会が実現する一助となっていくこと、また他の一人一人の方も育ち、活かされるように関わって差し上げること。自分で自分を育て、他の人も育つように関わってあげる。自分を活用するとともに、他の人たちも活用されるように協力してあげる。これが愛です。愛に基づく生き方です。それがARIの趣旨です。  

そのような中で成長し、自ずとカルマも解消し、自分も周りも整ってきます。これが世界全体に及ぶことがARIの目標です。世界平和、地球家庭の実現です。

頂上のところには、神さまを表すまん丸い白い御光が輝いています。左側に光線が6本、右側にも光線が6本、天へ向かって短い垂直の御光が1本、合計13本の光線が、白い御光から放射されています。

左右の光線は12使徒を表します。また、イスラエルの12部族を表します。広くは地球の全ての国民や人種や民族を表します。また、主だった世界の宗教や霊統を表します。真ん中の垂直に天に向かって伸びている光線はキリスト、一人一人の中の内なる超意識を表します。天へと還って行くまっすぐの道、13番目の道を表します。真ん中の垂直に天へと伸びる光がキリスト、左右の12本の光は12弟子、広くは全ての民族と霊統を表しています。

一人一人が成長を遂げることを人生の中で神によって図らわれ、育て導かれています。そして最終的には、サハスラーラチャクラを表す7段目まで登りつめ、創造神と合一させていただいて、ONEの在り方を実現することになります。他力の中で、自力としても精一杯取り組むことで、このことが着々と行われていきます。このシンボル図の下には、次のように記されています。「2016ARI」

ライフシールの向かって右側には、胎蔵界が表されています。会員さんお一人お一人が家庭を営み、平和な家庭作りの為に、学んだ教えを応用して、より良い家庭になるよう、取り組んでいる光景です。その光景の下には、「天国の雛形としての温かい平和な家庭作りを目指す」。

ライフシールの左の位置には、会員さんお一人お一人が社会で自分の仕事について、仕事で励んで、ARIで学んだ教えを応用実践している光景が見えます。それぞれの人が自分の職業や役目を天から与えられています。それを行っている光景です。その光景の下には、「職業と義務を通して自分を磨き、自分を役立て、人々と自然のために尽くす」。ライフシールの左側は金剛界を表しています。

ライフシールの下の位置には大地が見えます。大地に様々な植物や木々が繁茂しています。生き物たちもその自然の中に生息しています。これらはARIでONEの教えの種を蒔き、それが地球上に実りをもたらして、生命が生かされ、生きていけることを表しています。その光景の下には、「ONEの種を社会という大地に蒔こう」。そのようなメッセージが見えます。

ライフシールの上の位置には天の世界が見えます。神さまと、その下(もと)にキリスト様と聖母マリア様、そして天界の天使や御(み)使い達、ホワイトブラザーフッド、更には日本の神々、仏教の仏様や菩薩方などです。その光景の下には、次のようなメッセージが見えます。「自分の中の理想に素直に正直に生きよ。自分らしくあることで、人生を全うできる」

ライフシールは円の形をしています。背景色はグリーンです。ARIの色彩を表すとともに、 2016年度の色彩でもあります。会報誌も2016年度はグリーンだからです。輪郭の色は赤です。赤は緑色の補色であり、神とキリストの愛を表す色です。

ライフシールのテーマは「2016年の尊い歩みを共に」。

起きる事はカルマが果たされていくプロセスであり、神からのメッセージにもなっています。根拠と意味と目的のある事が起きてきます。神の愛によって、一人一人のカルマを使って、神が事を起こされ、導き育ててくださっているのが現実の動きです。起きることでカルマが果たされ、教訓を与えられ、学んで改善し、周りに対処して、責任と役割を果たす機会です。起きることでカルマが果たされ、育て導かれ、次の役目が果たされるように備えられていく、それが現実の動きです。神の愛に基づきます。

病気も、多くの場合、カルマの顕れであり、カルマが果たされていくプロセスです。また休養を与えられ、自分を見直し、調整し、回復させる機会としても与えられます。

人間は一個人であるばかりではなく、神からその時に相応しいお役を与えられ、お役を通してカルマが果たされ、成長を遂げ、周りの為になるように図らわれています。例えば、ARIの代表者のお役を天から与えられると、一個人のカルマや大変さを身に受けるだけでなく、直接には、ARIを求めて来られる方々、広くは、ARIの理念と繋がっている、世界や地球の自然のカルマや悲しみや辛さを代表者はその立場とお役上、身に受けます。そのような時、病気になるのです。ある意味で犠牲になる面があるわけです。それによって、世界や会員さんのカルマを果たさせ、来られる方や、地球と人類を支えるお役です。

右の股関節の手術をしたということは、それによってカルマが顕れ出て、カルマが果たされ、手術によって新しくされて、新たに生まれ変わる機会を与えられたことです。それまでのカルマが遂げられ、生まれ変わる機会でした。妻の方が右の股関節、夫のヨハネの方は左の股関節でカルマが顕れ出ていますが、それによって、足は自分が現実に立脚し、周りを支えるもので、股関節は胴体との継ぎ目であるため、そこに負担が掛かり、その今までのカルマや苦労が遂げられていくことが起きました。それによって金剛界の扉が開く方向に向かうことが叶うからです。

現実に起きる事は天のご計画に基づいて、順序だって、一つ一つの事が起きていきます。Aが起きたら次はBが起き、Bが遂げられたらCが起きる。Cが為されればDがやって来るといったように。このようにして神によって導き育てられ、一人一人も、グループや人類も、段階を上げて、育て導かれているのが現実の動きです。

【質問2】「南シナ海」のライフシールをお授けください。天皇皇后両陛下が太平洋戦争の慰霊のため、昨年はパラオを、今年はフィリピンを訪問なさいました。南シナ海に残されたカルマが果たされ、清まり、美しい自然が保たれ、人々の癒しの場として役目を果たし続ける事が出来るように。各国の利害関係が解消されて行き、平和の場となりますように。神さまのご加護、お導き、お力添えを何卒よろしくお願い申し上げます。

【ソース】ライフシールの真ん中には、世界地図のように、南シナ海の領海が見えます。南シナ海の光景のことです。その光景の下には次のように記されています。「南シナ海のカルマが成就し、平和が訪れますように」

ライフシールの向かって右側には、南シナ海の東側の地域や国々が見えます。その光景の下には、「東方のカルマが成就し、平和が訪れますように」、そのように記されています。

ライフシールの左側には、南シナ海の西の地域の光景が見えます。その光景の下には次のように記されています。「西方のカルマが成就し、平和が訪れますように」一つのカルマが成就すると、カルマが解消するだけでなく、グレードアップした、新しい、尊いものが実現してくるのです。ただ古いものが終わったということではないのです。死に続く復活、新生です。

ライフシールの下の位置には、南シナ海の南方の地域と国々が見えます。その光景の下には次のように記されています。「南方のカルマが成就し、平和が訪れますように」

ライフシールの上の位置には、南シナ海の北方の地域と国々が見えます。その光景の下には次のように記されています。「北方のカルマも成就し、平和が訪れますように」

ライフシールは円の形をしています。ライフシール全体が地球の光景を成しています。主に海の水を表す青となっているのです。輪郭は特にありません。ライフシールのテーマは、「南シナ海ならびにそれに関連する地域と国々の癒しと平安、調和、共存」。

天皇陛下はたまたま天皇陛下になるのではありません。現実に起きる事には、意味と理由と目的、また根拠があります。この現代において、日本の天皇陛下になるような魂が自ずと天皇陛下になられるのです。そのような立場とお役を神から授けられると、そのお役を通して、一個人の域を脱し、日本の国と民族のカルマを背負い、それを遂げさせるような事のために、自ずと動かされるようになります。もはや一人間ではなく、国の魂と繋がった、大きな場所的存在となって動きます。

そのため、日本の作ってきたカルマが天皇陛下に集約して現れ、ある時は犠牲になって、日本の国を支え、日本と他の国々や民族とのカルマが成就する方向でお祈りしたり、いろいろ縁(ゆかり)の所を巡らせられるようになるのです。国と国との交渉とか、接待とか、全てに意味と理由と目的があります。国のために動かされますが、ただ日本の国の為だけでなく、世界に平和が訪れる方向で、日本と他の国々との媒体として使われていくのです。天皇というお役を授かることで、国や世界の為にそのように使われ、動かされているのです。日本や日本に関連するカルマが身に現れ、犠牲に遭われることもあり、しかし、それで国のカルマが一つずつ解消し、日本と他の国々の間に良好な関係がもたらされていきます。

カルマは何も個人のものだけに限りません。家系や家族のカルマ、地域のカルマ、国や民族のカルマ、広くは地球のカルマ、人類のカルマなどがあります。例えば、イエス・キリストはユダヤのカルマを身に受けて犠牲になられ、それによってユダヤのカルマが成就しました。イエス・キリストが十字架で犠牲になられたことで、イスラエルのカルマが遂げられ、広くは、人類のカルマもキリストが磔に遭うことで遂げられ、それによって人類を支え、導くことができたのです。国にも会社にも、グループにもカルマと役目があります。

【質問3】「台湾」のライフシールをお授けください。5/20、新総統に蔡英文女史が就任します。台湾が神さまの御心に適った役割を、中国との関係をも含めて、果して行けますよう、お守り、お導き、お力添え賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

【ソース】ライフシールの真ん中には、台湾の国土の光景が見えます。その下には、「台湾にも平安がありますように」、そのようなメッセージが見えます。

ライフシールの向かって右側には、台湾のこれまでの歴史を表す書物、アカシックレコードが見えます。その光景の下には、「台湾のカルマの書」、そのような言葉が見えます。

ライフシールの左の位置には、中国本土が見えます。その光景の下には「一つの民族、ONEの実現を願う」、そのようなメッセージが見えます。 

ライフシールの下の位置には、台湾に関わる御霊達が見えます。霊界の霊達です。また、国の魂が元に感じられます。その光景の下には、次のように記されています。「台湾の霊界と顕界に進化と調和がもたらされ、台湾にもONEが実現しますように」

ライフシールの上の位置には日本が見えます。日本列島です。日本の国の魂も感じられます。その光景の下には次のように記されています。「日本と台湾の協調と共存」

ライフシールは円の形をしています。背景色はグリーンです。平和と調和と癒しの色です。自然の色でもあります。輪郭は特にありません。ライフシールのテーマは「台湾の平安とONEの実現」。

物事には法則が働いています。外界は内界の顕れです。その時点に応じたものに、自ずと現状はなります。それは個人においてばかりでなく、広い範囲においても同様です。その時、その時、国のトップにどういう人が就くかは偶然ではなく、その時点の国の有り様に応じた人が就くようになるのです。一番の元で、国の魂がそれを動かします。台湾にも根源神さまの御心が現れ、地球全体の平和と調和のためになって行けますように。
 
リーディングを終了します。
(ありがとうございました。)
<了>