2011年8月26日

病死した愛犬の死前後の心情、そして死後は?

リーディングNo.12389


【質問1】 愛犬の生前、闘病期間、死の前後のこまかい心情を、また、霊界にどのように向かい過ごされ、現在の様子とこれまでの心情を、今後どのようになるのかを併せてお教えください。


【ソース】動物と人間との間には、共通した部分と異なった部分とがそれぞれあります。そのため人間である自分が想像したり、イメージするのと似たような部分もあれば、人間である自分がイメージしているのとは違っている部分とがあるのです。動物には人間のような、考えたり悩んだりする複雑な部分はありません。それでも、人間と共通する心や魂はあります。また感覚も備えています。人間のように必要以上に悩んだり困ったり心配したりすることはありません。


もっと素朴で原始的な心の思いを抱いたり、感覚的に感じたりしており、心配することも喜ぶこともありますが、原始的で素朴なものです。単純で素朴な反応や感覚を備えていることに気づきましょう。割とあっさりとしていて、人間のように執着したり、引きずったりすることはありません。多少、強烈な印象として留まることはあっても、単純でそのまま反応するものです。


愛犬○○の生前は、ほぼ幸せで恵まれたものでした。あなたを始め、人間である家族から愛され、可愛がられていたことをとても喜んで嬉しく感じて、また安心してほぼ生活できたからです。やはり愛情が生き物にとっても大切です。


愛犬○○は家族からの愛情に満たされ幸せで、心が満たされて生きていました。次第に自分の死期が近付いてきたことを感じ始めていました。自分で病気になったことにも気づきました。そして自分はもう先が長くないと思いました。次第に自分の死を覚悟するようになりました。悔いはほとんどありませんでした。十分恵まれ愛され満たされて、家族として一緒に過ごせたからです。


未練や悔いはほとんど残っていませんでしたが、別れることの寂しさや悲しさが心にありました。でもそれは仕方がないと思っていましたし、何より自分は十分愛され満たされていたから、心残りはないと自分に言い聞かせていたのです。病気は、自分の体や心にとってつらくはありましたが、それを機械的、自動的に受け止め、体感しながら耐えて過ごしていました。こういうものだろうと捉えて受け止めていました。そのような中でも、愛情に包まれていたので耐えられたし幸せな気分でした。


次第に死期が近付いて来るにつれ、そのことを悟り、多少心が不安になりました。自分は死んでいって、別の世界に移って行くと思うと、やはり不安であり、自分の行く末が案じられました。しかし人間のように必要以上に考えたり悩んだり深刻になることはありませんでした。そういうものだと受け止めて、その運命を辿っていきました。


自分が息を引き取る時の、人間の家族の反応や様子が印象に残りました。家族として愛されていることに幸せを覚えると共に、別れていく悲しみが、人間から自分に伝わって来ました。その時自分もまた、人間の家族を愛していて、思っていたことを自分でも悟りました。愛が最も大切であると改めて実感しました。


そして自分は愛をいただいて生きられたことに、幸せを覚えました。自分は愛されていることをとても光栄に思いました。自分が人間を癒し、人間に愛を与えていることはあまり自覚していませんでした。自分が愛をいただいているほうを実感し嬉しく感じていたからです。それでも愛は相互的であり、一方的に与えるとか、一方的に受けるとかではないことを、体験を通して知らされたのは、貴重な学びとなりました。


愛情に包まれ、また別れる寂しさを体験しながら、自分は肉体から離れ、霊界へと向かって行きました。特に苦しくはありませんでした。むしろふわふわと体から離れていく身軽さや自由さを覚えました。次第に人間からの思いが遠のいていって、霊界の様子が近付いて来ました。それでも生きていた時の家族を思い出すと、家族からの愛情や別れた寂しさが感じ取れました。


霊界に行くと、他の様々な生き物たちの魂や想念が漂っている中に、自分も浮かんでいました。生き物たちの想念が、自分の周りに漂っていて飛び交っていました。かつての自分の家族、犬たちの家族ですが、自分の両親や兄弟姉妹など、犬たちの家族と再会しました。また犬たちの自分の親戚にも出会いました。そのような犬たちに自分は迎え入れられました。そして次第に一つになっていきました。次第に自分を感じることが少なくなっていきました。


それでも時々は、自分という存在を実感しました。自分の犬だった時の、繋がりのある家族や親族との繋がりの中、自分はその一部であるという実感が強くなりました。人間の家族の一員である自分の部分は、自分の記憶に残っていました。犬たちの一部としての自分と、人間の家族だった自分と、その両者が自分の中で共存していて、それぞれの特徴や良さが感じられました。


人間の家族となっていた頃を懐かしく、人間から可愛がられ愛され、にこやかに笑顔に包まれていて、愛情に満たされている自分も懐かしく思えました。何と言っても、あなたに対しての印象が強く残っています。波動や想念として、またにっこり微笑んで優しく包んでくれたその思いが、今でも自分を満たしています。


そして犬たちの仲間に戻り、その中で一体感を覚えながらも、人間との懐かしい記憶が今でも自分を懐かしみ、支えてくれているのです。そのような思いを自分の胸に抱きながら、これからも霊界の犬たちの一部として生かされていくことでしょう。


そして犬は人間と種は異なりますが、大昔から人間と身近にいて、家族として共存して生きていますので、縁が深いです。今に始まったことではありません。日本だけで見ても、大昔から人間と犬とは家族として生きてきた縁があります。そのため霊界に行っても、犬たちだけで住んでいるのではなく、人間たちの死後の世界、霊界でも交わっていて共存しているので、縁がある人たちとは出会えます。いずれあなたとも会いたいと願っているのです。


【質問2】生前、私の心情や言葉をどのくらいわかり、どのような心情で私を見てくれていましたでしょうか。そして現在も。愛犬から私への思いや伝えたいメッセージをお教えください。


【ソース】自分のとても身近にいて接してくれたお姉さんであり、またお母さんのような存在でした。自分は犬たちの同類の家族からは離れ、人間の家族として加えられました。犬たちの家族から別れることは、悲しくつらい思いがありましたが、すぐに人間たちの家族に、その一員として喜んで迎えられたことは、自分にとって癒しになり、特にあなたが心から喜んで迎え入れてくれたので、とても嬉しく安心しました。


それからは犬の家族のことよりも、自分を人間のように捉え、人間を癒してあげていることもわかってきました。よく可愛がってくれたので、あなたのことはとても嬉しく思っています。いつもあなたによって癒され、満たされていました。


人間の言葉を細かくはわかりませんが、伝えようとしていることはほとんどわかっていました。大事なのは、日本語とか英語とかの人間の言葉ではなく、言葉の奥にある思いなのです。その思いのエネルギーが確かに伝わってくるのです。そしてそれはよく理解できます。細かくはわからなくてもほぼ、その本心や心の思いは伝わって来てわかります。霊界に来ても心を集中すると、この世からの人間の思いは伝わって来て受け止められます。


霊界もこの世も心の世界である点では共通しているので、この世であろうと、あの世であろうと、すぐに自分の心に集中し、相手の心にも集中すれば、次元を超えて心は伝わり合います。今でもあなたの思いを感じ取れています。そのような思いは強いものであり、はっきりしたもので、次元を超えて通じ合えます。それこそが尊く大切なものだと思います。


特にあなたからの思いは強く、自分の奥に響いて来て支え、慰めになって、また励ましになっています。愛情は尊く大切なものだと感じられます。この世でもあの世でも、生き物の種類を超えて、心の思いが大切です。特に愛情が尊く、有り難いものです。


具体的には、あなたからのものが最もひしひしと感じ取れて、嬉しく慰めになります。自分もあなたの役に立っていたなら嬉しいことです。これからも思いを通わし合いましょう。あなたの家族の一員になれて嬉しかったです。これからも心を通じ合うことができればと望んでいます。霊界に来てお会いできれば嬉しいです。


【質問3】私の霊界での様子、高次の方からのご指導、注意事項についての内容を、そして神様から今の私に最も必要なメッセージをお教えください。


【ソース】この宇宙で最も尊く大切にするべきは愛です。愛は命の元です。愛がなければどんな命も生み出されず、また生きていけません。愛によって命は誕生し、そして育ち、維持され生きていけます。


その愛が正しく働いて活かされるためには、お互いの理解と配慮が必要になってきます。自分自身のことも相手のことも、それぞれ何故そうであるのか、正しく理解し、それを考慮し、背景や事情を推し量って、気持ちを感じながら受け止め、優しく穏やかに接していくことが何よりも重要です。


愛がまずあって、それは生命エネルギーであり、生命に欠かせないものであること、その愛が活かされるためには、理解や知恵、正しい関わり方が必要になってくるということです。愛の中でも一番の元に、神の愛があります。創造主の愛は親の愛です。全ての生みの親だからです。人間の親であるばかりではありません。全ての命の、また存在の生みの親です。


愛を大切に生きていけば、道から外れることはなく、間違いありません。たとえ一時的に、自分の癖や正しい理解がなかったりで、外れることがあっても、愛さえあれば気づいて改めることが可能です。愛をこそ大切に、これからも生きていきましょう。愛は命の元にあるエネルギーです。それであなたも誕生し、生かされています。人々との関わりでも愛を大切にしましょう。そしてその愛が正しく働くように、学んだり、理解したり、考慮したり、感じたりしていきましょう。


神の愛が元にあり、その上でお互いの愛、そして自分自身に対する愛もあります。愛によって自分も見てあげて育てましょう。そして人や他の生き物のことも、愛を持って見てあげたり、育てたり、大切にしたり、思いやったり、活かしてあげましょう。
このようなことが生きていて最も重要です。これはこの世に人間として生きていても、あの世に霊となって生きている時も、変わらずに最も重要なことです。


この真実がONEであり、これを知って会得するために、ARIにあなたは導かれました。ARIでのONEの学びによってあなたが、このことを深く心に留め、大切にして習得すれば、救われることでしょう。自分が救われることで、今度は自分が関わっていく人や、生き物たちをも安心させたり癒したり、励ましたり労(いたわ)って、救いの一助となっていくことでしょう。


そのことをあなたに望んでいます。あなたはその方向に確かに向かい始めています。そのことに気づいて安心し、これからもその方向で生活したり、仕事をしたり、ARIで学んだりお手伝いをしたりすると、そのことが達成されることでしょう。神様を愛のエネルギーの純粋な塊(かたまり)だと認識しましょう。もし今あなたが愛のエネルギーを感じていて、生命が蘇生し元気になりつつあるなら、神様に触れている証拠です。あなたがそのようになることが望まれています。


自分がそのようになってきたら、今度は神様の媒体(ばいたい)になって、愛のエネルギーを周りにももたらして、愛の人として生きていきましょう。そうなれない時、動揺したり自信をなくしたりせず、どうしたらそうなれるかを検討して、諦めずにまた挑(いど)みましょう。その取り組みが尊いのです。


リーディングを終了します。
(ありがとうございました。)
〈了〉

2011年8月6日

過去は済んだことだとみなして解放し、これからはその瞬間瞬間を信じて100%生きること。

リーディングNo.12162

【質問1】47才の誕生日を迎えました。これからの課題、留意点をお教えください。

【ソース】自分の心の中に永遠なる者が宿っていることを感じ、確認しましょう。それによって平安と静かな確信が得られます。そして本来の自分が穏やかに自然に表れ出てくるようになります。これまでの人生を振り返って検討し、一体どういうことだったのか、自分の人生を検討することから多くを学べます。

そして今後の人生の旅に過去のこれまでのことを参考にして、また留意して生きていくと役立ちます。ただその場合でも、過去のことをあまりに意識したり、気にかけすぎないほうが良いのです。一度体験してしまえばそれで済んでしまった、遂げられた、ということがあるからです。その時その時で、その時点にふさわしいことが起きたというように捉えるのです。

振り返ってみるとわかることも多いですが、その時点はその瞬間を生きていて、自ずとそうなったということがあるのです。そしてそれで目的が遂げられた。そして解放されたということがあったのです。ですからあとで振り返って検討して、気付いたり学べることも多いですが、そして過去から学べたことを今後に留意することは必要で役立ちますが、それをあまりに意識すると、かえって過去からの影響や規定を受けてしまうということが発生してしまいます。

過去は済んだことだとみなして解放し、これからはその瞬間瞬間を信じて100%生きること。その時その時を大切にして、その時らしく精一杯生きる。またそれができるように信じて安心してその瞬間に身を任せましょう。そのためにも自分の中に永遠なるもの、命の本源に通ずるものが自分の中に授かっていることを感じ取って確認するとよいのです。

過去を検討して学ぶことはすると良いです。それと同時に過去のことを許し、解放してあげることもしてあげましょう。過去を振り返って1つ1つを調べていく際、どういうわけでそうなったかの理由を知って、改めて学び取る、そして今後のために留意していく。それとともに過去のそのことを解放してあげる。手放してあげる。癒してあげる。ほどいてあげるということもしてあげましょう。

例えば仏教では、後者の今述べられた過去を解放し、解消してあげるということに重きを置きます。過去を振り返って検討してレッスンを学び取るということはあまり仏教は言いません。その意味で仏教は癒し、解放ということに重きを置いているのです。起きただけで済んだ、終えられたということがあるからです。本来自由な生命として、命の本源から誕生させられたのが人間です。その無限の可能性や恩恵を自分の中に見出しましょう。またパートナーの中にも、そして他の関わっていく多くの人たちの中にも見出していきましょう。

あなたは今世において、体験から多くのものを頂きました。同時に体験によって多く傷付きもしたり、警戒したりもしました。起きたことは偶然ではないので、なぜそうなったのかの理由を知ってレッスンを学び取って、今後のために役立てていくと共に、起きたことで済んだのだから癒し、解放して本来のありようを取り戻すようにしてあげるということを、あなたは自分自身にも他の人にも教えてあげたり、施してあげることがあなたの使命になったのです。

体験によって何かが起きます。インパクトや影響が及びます。あとで振り返って気付いて学び取れることもありますが、起きた瞬間にすでに悟る、そして身に付くことが起きていることにも気付きましょう。体験するだけでも覚えて身に付くことがあるのです。人間の超感覚や身体にはそのような機能が与えられています。

身体や心を使って夢中で練習したり訓練していると、別に意識せずとも身について調整されるのはそのためです。これまでいろいろ体験してきた中で、自分が意識したり努力せずとも、体験しただけで身に付いて備わってきていることがある。そのことに気付けば、恐れたり構えたりする必要がなくなります。悲しかったりうまく行かなかったり痛い目を見たりしたことで、知恵や新しいパターンがその体験した瞬間に埋め込まれたからです。そして起きただけでカルマが果たされ解放されたということも、体験によって伴うからです。

そのように大いなる存在が愛と知恵によって計らわれている。その中を人間は夢中で生きています。自分がいろいろ体験したことで知恵が備わり、多くの生きる術(すべ)が身に備わりつつあります。本源がそのようにあなたを愛を持って訓練し育て上げ、使命に備えてくださったからです。それに気付いて安心して、目の前のことに身を委ねて無心になって行なうと、自ずと知恵が働き行なえるものです。

そもそも行なえるところまで来たから、行なうべきものが目の前に現れるのです。目の前に行なうべきものとしてあるものは、その時点の自分を出し切れば、行なえるはずのものです。そのように状況が設定されているからです。これは自分にはわからないとかできないとか、そういうことはないのです。不思議と妙なる御業(みわざ)によって絶妙に1人1人に仕組まれて、世の中が動いています。単に目の前のことができるばかりではありません。今の自分に最もふさわしく、自分だからこそ首尾よくできる、それほどまでに最善の状況設定になっているのです。

そのことに気付ければ今後とも安心して生きられるし、余計に気遣ったり恐れたり構えたりせずに済みます。人間関係も同様です。これまでの経験があったればこそ、今のパートナーとご縁が生じて、夫婦となっているのです。もちろん人間は考えたり自分で注意したり、自分の責任で選び取ったり、あるいは選ばなかったり、そういう人間的な技や、気を付けたり留意すること、あるいは反省することも必要です。

しかしそれらとて、以上のような大いなる存在の完璧なお計らいを前提とする上で、気を付けたり反省したり、選んだり選ばなかったりということがあるということなのです。そのような完璧な大前提に気付きましょう。そうすればとても安心して癒され、リラックスできます。その上で反省したり、過去を検討したり、自分に気を付けるべきを言い聞かせたりしていけばよいのです。そのような肯定的で完璧な大前提がONEです。

あなたにはそれが必要なのです。そうでなければ過去のことにあなたは耐えられないほどのものがあることでしょう。反省にしても傷ついたことにおいても。それらをいちいち自分の中で気にかけたり留意して今後生きていったら、とてもしんどくなります。ある程度過去のことから学んで留意したり、自分のパターンに気を付けることはして良いですが、それらもONEという完璧な大前提に支えられて、ちょっと留意する程度でよいのです。

大いなる存在のお計らいと仕組みが良いようにあなたを運び、完璧な状況を今後とも与え続けることでしょう。このような安堵感と安らぎ、静けさ、そしてそこから無限の感謝、喜びが湧いてきて、本来の自分が回復し、無理なく表せるようになってきます。そしてあなたにそのような態勢ができてくれば、他の人もそのようになれる1歩手前まで来ている人にあなたは出会わされます。宇宙のお計らいです。そしたらあなたは無心になって信じてその場に自分を投ずれば、ちょうど自分に起きたように他の人たちも、かつて自分に起きたように1人1人が安心して、自分らしく生きられるようになっていく。あなたはそのきっかけになれるのです。

このようなことを聞いて、それがあなたの中に埋め込まれれば、自ずと生きて作用を起こし始めます。特に意識せずとも、自分のヒーリングなどのやり方を通して、自ずと今説明されたようなことがその場で起きます。人間にはそのような能力や働きが与えられているからです。またそのような能力を通して、神様がそこで働かれるともいえます。どのように表現されるにせよ、偉大なる力があって、人間はそこから誕生させられたので、その偉大なる力が人間を通して他の人にも働く。それが愛の働きということです。

以上は日本語での説明でしたが、この説明で言われた事柄が実際にどういうものなのかをあなたはこれから見ていくことでしょう。生活や仕事の中で、「あ、これがあの時リーディングで説明されたことなんだ」。そのようにあなたは目撃したり体験者となり、証人ともなることでしょう。そしてそれがあなたの中でつかみ取れれば、自ずと自分の働きを通してあなたならではの効力を周りの人に発し、多くの人を癒したり解放したり立て直してあげたり、次の段階に入っていけるようにしてあげられるようになるのです。

もしこれまでのあなたの体験がなかったなら、それは充分には起きないことでしょう。しかしこれまでさまざまな体験をさせられてきたお蔭で、その上でこれを聞いたのでこれからそれが起きます。体験にしてもリーディングにしても、全部命の本源からやってきているあなたへの愛の訓練なのです。必要なことはタイムリーに起きます。嫌なことや不本意なことも含めて、必要でためになることが起きます。起きただけで済んじゃうのです。起きただけでためになり癒しにもなります。

人間には頭があり、理解を求めているので、リーディングでこのように説明も加えられるのです。体験自体がメッセージそのものなのですが人間には頭があるので、納得したり安心したいのでリーディングということも起きるのです。もちろん書物を手にしたり、人から話を聞かされるのも、大いなる存在の御業の一環としてのものです。

ダイナミックに現実の動きのただ中で、大いなる存在が生きて躍動し、その中に身を置いて生かされて生きています。こういうことがわかればわかるほど身に備わり、これまでのことも深く納得でき、全部が自分の身になり、また重荷の部分は解消し、自分が整い、次のありようが自分の中に訪れることでしょう。その場で働く勘を大切にして回りに対処しましょう。

これまで体験を通したりいわゆる勉強を通して学習したことはちゃんと身に備わっていますので、それを信じて安心してその場に委ねるのです。たとえ完璧にできなかったような場合でも、それを経て次はもっと完璧にできるところに至るのです。そう思えば途上も肯定できます。全てが命の本源による育成とお導きとして起きてくることです。

そのように全てを肯定的にみなして受け止める。そして安心して静かな感謝と喜びに生きる。それが本源からの教えなのです。それはいわゆる宗教を超えています。それがありのままの真実です。それをなんと呼ぼうと、それが宇宙の生命の根本の法則なのです。それを体験を通して確認し、自分の中に穏やかに浸透させて見の前のことに身を投じましょう。日々生活体験を通して大いなる存在じきじきに愛をもって鍛えられ、育て導かれて次の役目に備えられつつある自分を見出しましょう。

【質問2】今の夫、○○○○(昭和37.※.※※)とのご縁、互いの関係、カルマ、留意点があればお伝えください。

【ソース】今のあなたにふさわしいパートナーなのです。以前だったら合わなかったかもしれませんが、今ならぴったりです。では未来はどうかというと、なんとも言えません。未来はまだ確定していないからです。今後の捉え方や関わり方次第で、未来もお互いにぴったり合うかもしれないし、少しずつ合わなくなって疎遠になっていくこともないとは言えません。

仮にそれぞれが違ってきて合わなくなってもそれで失敗だったとか、良くなかったということではないのです。その時その時ベストだからです。あなたはいろいろ体験してきたためにカルマとか学びとか、改善あるいは反省などが必要だと実際以上に思っています。それらに敏感になってきて恐れやためらいもあって、自分らしさが出ることが押さえられています。

人間いろいろ体験すると、萎縮したり警戒し、充分自分を出せない、それは出してはうまく行かないという心配があるからです。過去を検討して学び取って反省して改善して、今後は過去のようにならないように気を付けていく。そのような学び方や生き方を否定はしません。しかしそこに焦点を当て過ぎると、肝心の最も大切な命の本質に関わる部分が損なわれます。人間は戒律や律法や道徳、あるいは裁き・恐れ・罪意識などによって、自分に対しても人に対しても表面を縛ることによって、そして恐れで威嚇することによって、肝心の最も大切な命の瑞々(みずみず)しさ、喜び、平安を損ねて来ているのです。

あなたもそのようになりかかっていました。あなたはそのような中でキリスト教に共鳴して、伝道活動もしました。しかしどこかで気付いたのです。何かおかしい。無理がある。本当のあり方ではないと。ではどういうあり方が本当なのか。あなたは探し始めました。
探すといっても分析的に探すだけでなく、直感を働かせました。また大いなる存在があなたを導きました。そして次第次第にどういうことかわかってきたのです。そしてそのことがほぼ掴み取れたところで、このように説明が与えられているのです。

あるところまで来て整理されると、自ずとこういうことが耳に入るようになるものなのです。霊的・神秘的に聞こえてくることが起きることもあれば、こういうリーディングで耳にすることもあるのです。あるいは書物や人の話から聞くことになるかもしれません。いずれにせよあるレベルまで来ると、そのことの解説が届きます。ということは、今度は別の人があるレベルまで来て探し求めているとそのためにあなたが使われて、あなたを通して相手に与えられることが起きます。あなたにぴったり来る人にはあなたが使われて、あなたがメッセンジャーになります。

このように人と人とがお互いに助け合って、大いなる存在に使われて導かれていくのです。とりわけその時点のパートナーは、かけがえのない唯一の存在です。お互い緊密に夫婦であるということでしか支え合えないくらい重要なことが夫婦という関わりで起きるのです。また現実は生きた多様な動きですので、夫婦といってもその時その人にとっての夫婦の形もさまざまになりえます。

モーセの律法や仏教の戒律はとりあえず1つの形にして留意するべき点を具体的にしたものです。それらも参考になりますが、生きた現実や人間は多様でさまざまなので、全てが当てはまって役立つとは限らず、かえって縛ったり損ねることも起きてきます。ましてそれを元に人を裁いたり自分を律しすぎると、不自然でおかしいことが起きてきます。それでイエス・キリストが登場して、最も肝心の命に関わることを解き明かして、モーセ以来の律法から人を解放してあげたのです。そして全ての人に大いなる存在の恩寵を与えました。元々そのように現実は動いていたのです。そしてそのようにしたことが、本当の意味でモーセの律法を成就したことになったのです。

あなたは今このような時代の端境期(はざかいき)に生きています。自分の人生経験を通してここまであなたは愛を持って育て導かれ鍛えられ、また試されてきました。それが全部あなたの中に愛と知恵になって凝縮してきているのです。それをもって使命を遂行できることがあります。それはあなたの周りに自分のヒーリングに関する仕事や、あるいはNPOとして、あるいはARIとしてあることでしょう。 

そしてあなたのそのような働きを家庭的に支える夫婦が今のあなたにふさわしい形として、また相手の人としてあることを確認しましょう。あなたにとってふさわしい支えとなる相手の男性です。同時に彼からすると自分に最もふさわしく自分の支えとなる女性があなたなのです。

ちゃんと愛のお計らいで絶妙に現実にことが起き、必要ならば結ばれるようなことが実現するのです。心を鎮め素直になって直感を働かせれば、確かに今言われたことが本当に起きつつあるのが現実だとわかってきます。わかればほっとして解放され、自分の波動が上がります。以上説明されたことが今年の新年会で頂いた色紙のメッセージに通じる意味です。

今彼とパートナーです。お互い今の自分たちにしっくりいく距離の取り方や関わり方で、お互いに慕い合い信頼し、時に寄り添い合い、しかし束縛し合わず、それぞれが癒され活かされるよう夫婦としての関係を大切にしましょう。前世で夫婦だったことはあまり認められません。友達とか理解者、相談相手、また一時つらい時に一時寄り添ってくれた人などとして、その時その時で相手の人が自分の人生に登場してきました。その意味でありがたい存在なのです。

ともかくも今の事実として夫婦であるならば、それをありがたく受け止め大切にし、充分夫婦として生きてみましょう。それによって一緒になった目的が遂げられ、自ずと次のありようが与えられることでしょう。もし夫婦としての目的が大きければ、結果として長く一緒で続けるようになりますので、先は心配せず今を大切に自分の本心に正直に、しかも安心して過ごすことが何よりです。

大いなる存在は至れり尽くせりで、先まで見通して一番良いように計らわれ、悪いようにはなさりませんので、人間は心配するよりは信じてその場に身を投じ、充分にその場を体感するがよいのです。そうするとその時最も最良のことが起きます。お互いに満足し解消し支え合えます。あなたがこれを聞いて自分の態勢ができてくれば、彼のために最良の妻となることでしょう。次の瞬間彼があなたの最良の夫となることでしょう。

【質問3】 NPO法人○○○○○という障害者自立支援作業所へのご縁を頂き、そこでの常勤として働くことは神様のご意志にかなったものであるのでしょうか?それとも自営でヒーリング・サロンを行なっていったほうが良いのでしょうか?物事の順序、時期について助言を下さい。

【ソース】そのNPO法人でお手伝いさせていただくこと自体は良いことです。ただ自分のヒーリングサロンを一時的にせよ完全に機能停止させることは好ましくない感じです。もし状況的に許されるなら、NPO法人のほうは常勤とはせず、週2日か、多くても3日止まりにするべきで、基本的には自分のヒーリングサロンを行なうところに軸足を置いて続けていきましょう。

もしどうしてもNPO法人のほうで常勤しかないと言うなら、自分の仕事を行い続けたほうがよさそうです。しかし状況や流れ、また自分の直感などから、一時期でも常勤でNPO法人を行なうのが良いと思われるのなら、短い期間、例えば3ヶ月とか6ヶ月、常勤でNPO法人の仕事をしても構いません。そして必ず自分の仕事に復帰して、途絶えないように続けていきましょう。もし動きが活発化してNPO法人のほうから強く求められているなら、早いうちにNPO法人をしてみましょう。

【質問4】新年会にて「自他を許し浮かばれる」というお言葉を頂きました。このメッセージを頂いたご神意をお伝えください。

【ソース】先ほどほぼ説明されました。あなたはどこか許していないところがあったため、自分で自分を縛っていたので、自分の才能とか魅力とかが充分に発揮されず、努力もしていてもそれほど成果が出なかったのです。

許すということはどういうことかと言いますと、了解するということなのです。自分自身に対しても人に対しても、出来事や状況や体験に対しても、先ほどの説明や原理からして、起きるべきして起きてそれで1つのことが遂げられたならそれはそれで了解し、受け止めて終わらせる。解放するということ。それが許すという意味です。

どこかであなたはそれに抵抗して完全には許していなかったので縛っていて、自分を留めてしまっていたのです。それを解放することで自ずと浮上して状況も好転し自分も楽になり次のステージへと入っていくことでしょう。それが必要な時期だったのでそのお言葉が授かりました。

リーディングを終了します。
(ありがとうございました)                            〈了〉